« The Days of Wine and Roses | トップページ | 大正の かをり »

2012年7月21日 (土)

月曜日の美術館

12070300
    
ここも含めてほとんどの美術館がそうであるように、たいていは月曜日が休館日でその日が祝祭日の場合は、その翌日が休館日と決まっている。16日は今年2回目の happy Monday 。そして僕が見たかった企画展の最終日でもあったのだけど、わずか40日ほどの短い展示期間の中でのそれは実に幸運なめぐりあわせだった。

***

その企画展はベン・シャーンというクロスメディア・アーティストのもので、日本では約20年ぶりの回顧展だと紹介されていた。
彼は最初画家として活動を始めたが、版画や写真、ポスターやイラストまで手掛けていた。それが彼をクロスメディア・アーティストと言わしめる所以なのだろう。特に興味を持ったのが今回日本初公開となる数多くの絵画へと変遷を遂げた写真たちだ。その中には一枚一枚の写真が絵のイメージソースとなり、それがまたポスターなどのグラフィックアート(僕の一番苦手なもの)へ変容していく過程が良くわかるように展示が工夫されていて、実物の”創造の神秘、シャーンの芸術”に見とれてしまった。
期間中5回の講演会(すべて聴講無料)とワークショップが2回ほど開催されたようだったが、いずれも開催日が日曜日だった。特に2回目に開催された『ベン・シャーンの声が聞こえる-LPレコードのデザインをめぐって』、は写真から絵を起こし、グラフィックアートに作り上げてゆくシャーンの長けた才能を知る上で、是非とも聞きたかった講演だったが本当に実に残念だった。またいつかの再会を期待することにしよう。

***

冒頭の絵はこの美術館の中でも僕の好きな場所の一つだ。
この休息室は企画展が行われる1Fの大きく4つに分かれた展示スペースの2つ目と3つ目の間にあって、展示作品に夢中になっているとつい通り過ぎてしまうほどの入口が狭くて目立たない部屋だ。僕は丸椅子が4つしかないこのちいさな部屋からの眺めが好きで、季節と天気で表情を変える大きなカンバスだと思っている。
僕がこのカンバスを初めて目にしたのは確か一昨年のエジプト展の時で、忘れもしない  漱石と英世の阡円札 の記事を書いた頃だった。
それはもう2年近くも前のことだけど初めて訪れたこの美術館で、あの奇妙な体験をするとは夢にも思わなかったし、今でも中庭の池とCaféを見るとその時のシーンが頭をよぎってしまう。
そう言えばあの時の弐阡円の行方に関して、当時の記事だけを読まれたご諸兄は知る術もない訳で、鍵コメをくれた人の一部と僕とそれについての会話を交わした人しかその結末は知らないのだ。時効が成立しているので、懺悔の意味もふくめて正直に告白すれば・・・
”いやぁ~、呑んでしまった!” というのが真実だ。確かにあの時(最初の漱石の時点)に赤い羽根募金と思っていたが、英世と会った時点でもう動揺してしまってそんな気分じゃなかったし、それに仮にでも自分の財布に入れるべきものでもなく、途中まちなかの偶然に期待した募金箱も見つからなくて結局はそんな結末になってしまった。
そんなすごい偶然が重なったお金だったら、それで宝くじでも買えば良かったのにと言ってくれる人もいたのだけど、そうすれば抽選日までそのお金がただ物理的に形を変えただけで、手元に残るという事実は変わらないのでそれも嫌だった。 (そのいずれにしても拾得物横領罪。 ”いわゆるねこばば”という罪状は変わらない)

今月末からは  ”ルーヴル美術館からのメッセージ:出会い”  (7/28~9/17)という新しい企画展が始まる。
期間中の happy Monday はといえば、これも一気に夏を飛び越して開催最終日の17日だ。季節的には白露を過ぎてもう秋分の日に近い時期になってしまう。こんど次回にはこの窓から雨の光景も眺めてみたいものだ。昨年の諸橋美術館のような土砂降りでも困ってしまうけれど、できれば秋めいた風情のあるおだやかな雨降りを期待することにしよう。
そう言えば諸橋近代美術館は冬季休業なので、4月から11月までの開館期間は無休だ。
けれども企画展に付随する学芸員のギャラリートークは、やはり土日だけだけど。

***


ルーヴル美術館からのメッセージ:出会い について    (関連ページより引用) 


「 2011年3月11日の震災以後、ルーヴル美術館は、日本の皆様、特に被災者の皆様に向けて連帯の気持ちを伝えたいという思いを強くもちました。芸術と芸術に触れる機会こそが、非常に厳しい状況である今こそ必要であると考え、また、ルーヴルの作品を通して、連帯の気持ちを伝えることが、私たちにできる最良の方法だと信じ、東北三県を巡回する展覧会の開催を企画しました。
コミッショナージャン=リュック・マルチネズ(ルーヴル美術館古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部長)
主催:ルーヴル美術館、岩手県立美術館、宮城県美術館、福島県立美術館

後援:在日フランス大使館 」


企画展の右手にあるエントランスホールでは、昨年の震災で被災した東北に対してそれこそ世界中から寄せられたメッセージがアートとして展示されていて、最後にご婦人が読んでいた解説には確かこんなふうに記されていた。

インターネットのある現代では、世界中へ瞬時にメッセージ(文字)を送る事ができる。
でも画面上に並んだ文字だけでは、人の心(温かみ)を完全に伝えきる事が難しのかも知れない・・・・と。

展示されているメッセージは日本ものはあまりなく、書かれている内容も英語だけでなくて、外国語が苦手な僕にはよくわからないものばかりだ。けれど例えば色使いや、いくつかの知っている単語、そして描かれている絵などから、いたわりの心だったり、励ましや希望、協力、”連帯”などの気持が容易に伝わってくるあたたかいものばかりだった。

どんな人がコーディネイトしたのだろうか。フロアに落ちた暖かな翳がさらにメッセージを強く浮き立たせる演出が印象的な展示だった。

   

12070302

< message art 1/3 >

 

12070303

< message art 2/3 >

 

12070304

< message art 3/3 >
いずれも福島県福島市

  

***

  
明日は大暑。 「暑気いたりまつたるゆえんなれば也」 便覧より)
これから梅雨明けを迎え、ジリジリと身も心も焦がす暑い夏の土用がやってくる。そして暑い、暑いと、そんなこんなしているうちに、ほんの一瞬涼やかな風を感じたならば、もうそこには小さな秋がいて”ほら、季節はもうすぐ秋なんだよ”と控えめなサインを送っているのかもしれない。
立秋まではもう二十日足らずだ。
この東北地方は”
やませ”の影響で、昨日から急に気温が下がり初秋のような気候になっている。その直撃を受ける太平洋側では僕にも経験があるのだけど、涼しいを通り越してきっと寒いと感じていることだろう。
僕はといえば週半ばくらいからいままで見たくても絶対に叶わなかった、ファンタスティックな夢を連夜観賞することが出来たのだけど。その理由はよくわからないが夜中や明け方早くに何気に目が覚めてしまっていた。そして夢のストーリーを現の中で検証しようとすると、もういか様にも眠ることさえ難しくなってしまって、いつも朝まで夢現の時間を過ごす羽目となっていた。きっと睡眠不足気味のせいだろう、好きなはずの青いそらを見上げるとかえって淋しさを感じてしまう妙な感覚の一週間だった。因果応報、この感覚もあの二人
(漱石と英世か二人の落とし主)の拾得物横領に対する弐年越しのバチに違いないのだった。


  



  

  

    

|

« The Days of Wine and Roses | トップページ | 大正の かをり »

scenery (過ぎてゆく眺め)」カテゴリの記事