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2012年6月17日 (日)

Toku さんのこと

120602010   
椅子とはおもしろい家具だ。
立ち通しなどでひどく疲れたりして、腰を下ろした時のあのほっとする安堵感。それを脳が記憶しているせいなのかは判らないけれども、そこにあるだけで(存在するだけで)たとえ坐ることがなくても、なんとなくリラックスした気分にさせてくれる。
しかしテーブルとなればそうはいかない。初めから何かを載せるように作られているから、小さな脚の高い花台であっても、上に何かしら載っていないと落ち着かないと言うか、感覚的な安定感がないような気がする。それに何が載っているかでだいぶ印象が違うものだ。
  

***  

   
徳さんは母親の兄で、父親の義兄、つまり僕にとっては伯父にあたる人だ。
現代では考えられない父方の7人兄妹の伯(叔)父夫妻。そして母方の徳さんも含めた3人兄妹の伯(叔)父夫妻の中で、一番僕との関わりの深かった人であり、そして僕がもっとも愛した伯父さんだった。

彼も隣町で僕の父親と同じ業種の会社を営んでいた、ライバルだったのかもしれない。昨年書いた記事で、僕の最初のBossと引き合わせてくれたのも徳さんだ。そして父親のいない高校生だった僕に、酒を飲むことや夜遊びをすることの大切さを、父親代わりの情熱をもって教えてくれた人だ。

子供の頃に遊びに行くと、協会とかの会合もなくて時間のある時は「Tada坊、乗れ!」とだけ言って、行き先も告げずに車を出発させる
((Tada坊とは僕のこと)) 
それはいつも、ワクワクするミステリー小旅行のようなものだった。行き先は見晴らしのいい峠だったり、あるいは山懐の温泉宿だったり、時には子供連れなど出入りしないようなすごい店での昼ごはんだったりした。

成人式の頃だっただろうか、徳さんの家でいとこも集まってみんなで飲んでいた時だ。もう大人なのだから、お互いちゃんと名前で呼ぶようにと、伯母に諭されたことがあった。二人ともトライはしてみたのだが、すごくぎこちない会話になったのを覚えている。その頃から徳さんとも会う機会が減ってしまって、そんな事もすっかり忘れていた。だから30代になっても僕らの呼び名は相変わらずの徳さんとTada坊だった。

***  

先週、絵の倉庫で探し物をしていた時に、ふとマウスが停まった。
それは現像されることもなく放置されていた絵のRAWデータだった。この場所は確か大正時代に建てられた洋風建築の建物で、ずいぶん昔に徳さんと母親と叔父さん達と訪れた場所だ。確か一昨年、近くを通りかかった時にその事を思いだして、再び立ち寄ってみた時のものだったが、もうその事じたいすっかり忘れていた。


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<  徳さんの椅子   *人のいないポートレート*  >
山形県鶴岡市
 

   
その時は齢いのせいか少し疲れていたのだろう、徳さんはこの紅いベルベットの椅子に腰を下ろすと、正面の展示物を遠目に眺めていたのを鮮明に覚えている。この椅子に腰をかけてから3年ほどの時間がながれ、ある秋の日に徳さんは眠るように空へと旅立ってしまった。

この絵のデータを現像しながら、この椅子に坐っていた徳さんの姿が僕には見えていた。いやこうして徳さんのいない光景を見ていると、逆にその人の存在が過去の記憶の中で強く増幅されて、浮かび上がってくるような気がする。視線をおもむろにこちらに向けると、ニコッと笑って「どれTada坊、飯にすっぺ」と語りかけているような。
言葉のない歌があるように、人のいない肖像画があってもいいと思う。








   

 

 

 

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