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2012年5月12日 (土)

Sakura の頃 (3/3)

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この記事の(1/3)を記してから日々の所用に追いまくられて、かれこれ2週間以上も経ってしまっていた。
そんな事をしているうちに、ソメイヨシノはもうとっくに散り、吉野桜も散り始め、頼みの八重桜さえ危ない時期に差しかかってきている。言い訳でもないけれど、これから見頃を迎えるSakuraだってある。本格的な山菜のシーズンを迎えて、深山に分け入ると突然満開の山桜に出くわしたりして、平地では見られない濃い真珠色の美しさにはっ!とする時がある。
   
先人いわく、
<よのなかに たえて櫻の なかりせば はるのこころは のどけからまし

これを読んでなるほどと妙に納得したものだ。
もしもこの日本にSakuraが存在しなければ、春の心象はもっと穏やかな(そわそわしない)ものだったのかも知れない。Sakuraがあるせい?で、いつ咲くのだろうと何度も眺めて気をもんだり。咲いたら咲いたでなるべく長く咲いていて欲しいと、こんどは天気を心配してしまう。これはやはり日本人としてのDNA(習慣?)を持っている証拠なのだろうし、これも一種の春の楽しみだなぁ、と僕は思っていたりするのだけれど。

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Sakuraが満開ともなれば、並木のある公園や堤防は、それ自体が膨らんで立体的に見える最高の時期を迎える。
それこそ春という季節の美しさを感じる時だ。木を見て森を見ず VS 森を見て木を見ず・・・・・・一般的には左辺が正解なのだろう。けれども僕は常々 case by case だろう? と思っている方なので、どちらが真理なのかは、その時々で変わることになる。ふだん(日常)はあまり気付く事がないかも知れないけれど、幹にも美しいSakuraが咲くことを知っている。だから満開のSakuraを見ると同時に僕は必ず幹を見つめる。

それはいつも何年か前に聞いた知人の話を思い出すからだった。
Sakuraの木にもちゃんと寿命があるらしく、それは人間と同じくらいだと言っていた。もちろん幾つかの好条件が重なれば、長寿の木(100歳以上)もずいぶんとあるらしいのだけれど。ただ言える事はある樹齢以上にならないと、幹から花が咲く事はないと言う事だった。彼はそれを解かりやすいように女性の美しさに例えて話してくれた。
10代とか20代、の木はいくら満開でも、ただ花を咲かせるだけなのだと。それが30代・40代・50代・60代と深みを増すにつれて、幹からたくさんの花が咲いてくるのだと教えてくれた。

確かに若い樹の満開とは華やかさだけとでも言うのだろうか。目の前に広がるなにか整然とした、且つ幾何学的な美しさだけなのかも知れない。それとは対称的に幹からまるで滲み出すように咲く花やその樹齢の樹には、艶やかさのようなものがあり一瞬のときめきのように咲き誇る。その内々に秘めた妖艶さにもSakuraの美学を感じてしまうのだった。

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花びらの背景が青空でも曇天でもなく、黒っぽい樹皮というのは淡いピンクが一層映えるように感じる。それは樹自身が直接素肌にブローチを身に付けたような美しさを感じるし、今までその樹がいくつもの厳しい季節にも耐えて生きてきた、ひとつの証にも見えるのだった。
つい最近の事だったけれど何年振りかで、とある知人に会う機会に恵まれた。僕はといえばすっかりご無沙汰して、すでに時の流れに呑みこまれた Pervious_friend の一人に過ぎないのだけれど、その人の厚意で僕が今まで一番苦手だった食べ物の真実を知ってしまった。
なんでも素晴らしいモノや食べ物との出会いは、それを育んできた場所や土地柄。それに創(作)った人にも興味が及ぶのは好奇心旺盛な僕だけかも知れないけれど。いつかそれが何であったのかと、どんな場所で育ったのかという記事をこのログのカテゴリに入れてみたいと思った。
僕よりかはずっと若い人なのだけれど僕の思った通り、まさにSakuraのような時間を重ねてきた素晴らしい人だ。これからすこしづつ、美しいブローチを纏ってゆくことだろう。
  
  

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< 花のいのちは短くて >
山形県高畠町

  
さくら吹雪はもちろん素敵なのだけれど風のない時に、はら、ハラ、と左右にふれながら自由落下する花びらもまた、僕のなかでは好きな景色のひとつだ。なぜならばそのタイミングは時節の風に左右される訳でもなく、神のみぞ知る時間なのだからかも知れないけれど。
そして花が散る時にはそこにはすでにちいさな新緑が芽生えていて、これからも続く季節を連想させてくれる・・・
そんな安心感がさらに見る人を酔わせるのではないだろうか。
  

***     

Greensleeves    (Henry/Anne)

   
傷跡にはそれが体の傷であれ、こころの傷であれ、
何かしらの美しさがある。
傷跡があるということは、
苦痛はすでに去り、傷口はふさがり、治癒したということなのだ。

< ハリー・クルーズ >
彼が今年3月29日に死去したことを
Webで知ったのは

つい先月の事だった・・・  
  
   

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< Crystal 越しの風景 Ⅱ/Ⅱ >
山形県米沢市

    
僕の住む地方は、関東以西では連休の花として知られるハナミズキがようやく開花し、遅い春の終わりを告げていた。
これからは冷たい飲み物が恋しい季節の訪れだ。






  
  
  
  
  
  

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