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2012年4月18日 (水)

春は じてんしゃ に乗って

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今年は4月には入っての一週目は気温も低く、少しまとまった降雪もあったりして冬の名残りが色濃く残っていた。
けれどもここ一週間程だろうか、どうにか春らしい気温になってきたようだった。それまで雪は日中の暖かい時間帯にしか融ける事はなかったけれど、さすが晩春の陽光ともなると一段と力強さを増したようだ。以来24時間体制に切り替わった雪融けは、誰もが連休頃までは残ると思っていた今年の大雪を、穀雨の前に視界からほとんど消してしまっていた。

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僕の書斎からすぐの橋を渡ると”置賜自転車道”の起点がある。
それは河川の堤防と廃線になった鉄道路線を利用した路で、サイクリングやマラソン、また散策にと自由に利用できる全長約23㎞の自転車と歩行者の専用道だ。これからの天気の良い日にはのんびりとペダルを漕ぐのもいいものだ。車の騒音や排気ガスから完全に隔てられたこの道は、とかく忙殺されそうな日常で忘れかけていた五感の感覚を教えてくれる。
春(土)の匂いやせせらぎの音。遙か上空で点となって囁き合うひばりの声。頬をなぜる柔らかな風のおまけまでついてくる。途中にはワイナリーがあったりして、そこで試飲もやっているのでじてんしゃは実に都合がいい。

そのワイナリーから少し先、山形新幹線の(現)高畠駅あたりから、旧鉄道路線へと風景が変わる。現在は”まほろば緑道”として整備され、桜が植えられたのどかな田園風景の中をしばらく走るとこの旧高畠駅の建物がある。
テラコッタのような独特の柔らかい色彩を持つこの石は、この地方特産の高畠石という石材だ。もう40年近く前に営業を終了したこの鉄道は、以降バスの発着所として営業していたが、それも確か10年後ぐらいに終了してしまった。僕は幼少期に何度かこの高畠線に乗った記憶があったが、鮮明に覚えているのは車内の黒く光る油臭い床だった。どうして僕がこんなにこの駅の歴史に詳しいかと言えば、僕の母親の実家がこの高畠町だった事からだろう。

以前何度かこの事は記したが父親は僕の幼少期に他界した。
その後僕は一番上の姉と3人で、母親の実家のあるこの街で暮らしていたことがあった。当時オトナの世界で何があったのかは知る術もなく、週末の度に二番目の姉と父の母親である祖母の住むこの米沢に帰るという生活と続けていた。その頃はすでに電車は走ってなくて、この建物の右手手前にあるちっちゃな売店でガムを買って、この駅でバスを待っていた。

   

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< 時代のうつろひ  Ⅱ  >
山形県高畠町

  

そんな訳で・・・・・。書斎からじてんしゃで40分程のこの高畠町は、僕の第二に故郷というべき土地柄なのだ。町内の懐かしい散策も小回りが利いて駐車場の心配もいらないし、昼メシの時にはグラスビールなら許してくれる愛すべき ESCAPE R3.1 と一緒だ。真夏は日差しが強くて乗る事はなくなるので初夏が過ぎれば、秋めいてくるまでのあいだ暫しのお別れの季節をむかえる。

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今も残る”山形交通株式会社 高畠営業所”という表札。
営業所の”営”のつかんむりが、旧字体の”火”がふたつだったことに・・・昨年気がついた。









 

   

   

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