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2012年2月28日 (火)

冬のうみ (3/3)  時間のとまった風景の中で

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このくったくのない水平線とそらを眺めながら、僕は冬のうみを(2/3)で打ち切ろうかと迷っていた。
理由はこの背後にはとても言葉にできない風景が広がっているからだ。今の時期ここを訪れるにはある程度は予想していたことだし、これまで何度もニュースなどで目にしていた筈だった。けれども実際にその光景を中に立ってみると、頭の中が空っぽになるようなショックを感じていた。
  

***

好天だったこの日、まず福島県の小名浜第二埠頭にむかった。
ここにある大好きな水族館も被害を受けたが、昨年の夏に再オープンしたという記事を読んでいたからだ。埠頭はまだデコボコになったのを修繕工事中だったが、建物が流された様子もなく、平日だけど関東圏の車で駐車場は相変わらず賑やかだし、その街は一見ごく普通の生活を取り戻しているかのように見えた。それが地元の事情を何一つ知らない、通りすがりの旅人の勘違いだったことを、すこし後で知ることになる。

実は今の時期この地を選んだのには、もう一つのめあてがあった。
それは今の季節限定の”目光(めひかり)”という魚の唐揚げと刺身を食べたかったからだ。水族館のすぐ近くには大きな市場があって、その中に何軒かの飲食店がある。ショーウィンドーを眺めながらようやく見つけた、目光の唐揚げ定食だったが傍に但し書きがあった。
目光(和歌山県産)と。分ってはいたけれどやはりそれがカタチのない現実というものだった。

市場の中に足を踏み入れて目に入ったのは、いつもと変わらないように見えただけの現実だった。加工品や冷凍品の数があるのでいつもの”こちゃ、こちゃ感”は変わらないのだけれど、種類と数が1/5ほどとなっていた鮮魚の産地は、北海道や富山、関東、関西圏と書いてあり
やはり地元小名浜産のものは置いていなかった。それでも店の人が笑顔で話してくれた、これも借金なのだと言ってた真新しい冷凍陳列ケース。それに少し離れた柱をゆびさして教えてくれたのが、僕の身長よりもずっと高い、2メートを優に超える高さに貼られた浸水ラインを示す赤いテープだった。

  


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< 午後2時すぎの日差し >
福島県小名浜市-塩屋町_豊間海水浴場

  
   
日本海側の冬は暗くて寒い。
だからいつも真冬は太平洋側のこの穏やかな日差しと、暖かさに憧れていた。小名浜港では見ることが叶わない広々としたそらとうみを眺めたくて、塩屋崎灯台へと鉄の馬の手綱を進める。15号線から362号線へと山の中を走り視界が開けると豊間海水浴場だ。

この辺りからはまだまだ海は見えなかったはずだ。
けれども今はこの先はあたかも田んぼや畑であるように、見通しがよく遠くにはうみが見えていた。馬を進めるとそこにあったのは夥しい数の家屋の痕跡だ。家の形を物語る白い基礎コンクリートだけが整然かつ累々と並んでいる広い集落の跡だった。途中の空き地で馬をおりてしばらく辺りを歩いてみる。生活感のあるゴミの一つでも落ちていてくれると、そこに人々の生活を感じられるのだが、それすらも見つける事は出来ない。そのことがもはや何千年も経った遺跡みたいで、僕にとってはよけいに悲しかった。
その日はめずらしく風のない日で、動くものは遠くに見える波だけだ。風の音すら聞こえない茫漠と広がる無音の世界。見渡す限り人影のないこの場所に一人で立っていると、家の基礎たちが幻灯機のように、かつての風景を映しだすようなおかしな感覚に襲われる。半分その場を離れたいような気持ちで、そのまま水際までの200m程を歩き始めた。
   

***

   
ここでうみの絵を切り取れた僕の神経はどうかしていたのかも知れない。
けれど絵の倉庫で何度かこの穏やかな蒼いうみの景色を眺めているうちに、
”そうだ、僕は東北人だ・・・生まれも育ちも東北の人間なのだ”
”だからキチンとこの最終章に置かなければならないのは、これからもずっと変わることのないこの東北の美しいうみでなければならないのだ”
という思いが少しづつ湧いてきていた。

  

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< よせてはかえす波と みなもに映る blue-sky >
福島県小名浜市-塩屋町_豊間海水浴場

  
  
何事もなかったように、いつもの澄み切った冬のそらと海面が広がっている、この太平洋側のうみ。
これはきっとこの水の惑星で、悠久の太古から続いてきた日常の光景にちがいない。今回の事はきっと地球という閉鎖された宇宙船の中での出来事と考えれば、台風の上陸と同じように今まで何度となく繰り返されてきた、自然現象の一つに過ぎなかったのかも知れない。
けれども・・・今回は予測という文明の知恵も及ばずに失われたものは、あまりに・・・あまりにも・・・大きすぎた。

帰りの道すがら、僕は先ほどの光景を一つひとつ思い浮かべながら、ある思いを事実なのだと信じようとしていた。それはあの集落の地形だった。そこは海岸と山に挟まれた細長い土地で、そこに住んでいる人はみなすぐ裏手の山に避難して全員が無事だったのだと・・・

もう日がとっぷりと暮れて、ヘッドライトの中をセンターラインがナトリューム灯のように流れていく頃だった。
昨年遠く離れた所に住む知人のログで耳にした、この曲がふと心に浮かんだ。そこで聴いた時とは歌う人も違うけれども。
音楽のない魂に響く歌声だけを、何万光年ものかなたに旅立ったすべてのみたまと、昔からそうだったように、これからもいつもと何ら変わらないこの穏やかなうみと、そらに捧ぐ。
   

讃美歌第2偏167番   < 白鳥 恵美子 >
   

   



  
  
  
  
  
  

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