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2012年1月16日 (月)

三が日という日常

12010201
    
今年の正月もごたぶんにもれず寝正月だった。 と書き出してしまえば、僕の日常を良く知るご諸兄方はきっとこう思うにちがいない。
”さては大脳皮質がマヒしする感覚をずっと堪能し続けていたな・・・”と。  けれども今年の場合は少し事情がちがっていた。
結論を先に言えば元日の晩飯が松の内までの、いわば正月最後の晩餐となってしまった。だから寝正月といっても、酔っぱらっていい気分とは程遠い病の床に就いていたのだ。

原因はいまでもよくわからない。最初はアイラモルトをふりかけて、汐のかをりをブーストして楽しんだ殻付き牡蠣かと思ったが、食中毒固有の症状ではなくどうも様子がおかしいのだ。それはまるで僕の消化器官がストライキを起こして機能を停止したような、特に二日の夜などはどういう体位でかわせば楽なのかすら見いだせない悶絶した苦しい夜だった。
  

***

翌三日は息子たちとの約束があった。
鉄の馬で1時間もかからないショッピングモールへの買い物(僕は単なるイエローキャブのドライバー)なのだが、昨夜の具合もだいぶ落ち着いたことだし、熱があるわけでもないので結局は彼らの要求どおりにでかける事にした。

とりあえず一週間や二週間は食べ物がなくても、水さえあれば人間は生きていける。その生命線の水なのだが、今朝ほどから二口も飲めば、胃の透視検査で使う炭酸剤を飲んだようなひどい胃の膨脹感に苛まれていた。そんな時に目についたのが、”極上フルーツ、搾りたて”の電灯だった。普段からほとんどくだものを食べる習慣のない僕にとって、あまり足の向く店ではないのだが、なぜだか常夜灯に引き寄せられる虫のようにメニューをおっていた。
チョイスしたのは”ベリベリミックス”というイチゴとラズベリー、ブルーベリー、リンゴにパインをミックスしたもので、恐るおそる二口程飲んで胃の反応をうかがったのだが、僕の覚えた感覚というのはまるで乾いた砂に水を注いだようなものだった。

    

   

12010202

< TAKOYAKI >
山形県山形市

    
    
カラダが渇望していた飲み物に今まさに出逢ったような気分だ。
一も二もなく同じものをもう一つ注文し今度は腰をおろしてゆっくりと楽しんでいると、少し離れたテーブルの経木で出来た舟形の懐かしい容器が目につく。楽しく語らいながら二人が食べているのは中身がトロっとしたたこ焼きだった。食べ物が目につくという事は、先ほどのフレッシュジュースは忘れかけていた、食欲も少し取り戻してくれたようだった。
僕は息子たちを電話で呼び戻して、たこ焼きとジュースのおやつ休憩の提案をした。
たこを取り除いてもらったたこ焼き二個と2杯のジュース。それが二日・三日の両日で口にした唯一の食べ物だった。

四日から仕事だけは何とか再開できたのは、あのジュースとたこ焼きのお陰なのだといまでも思っている。

***

僕自身信じられない事なのだけれど、”こころの魂”がアルコールを要求しだしたのは松の内もとっくに過ぎた、それから十日後。
つい先週半ばのことである。こんなに長い間口にしなかったのはきっと事故で入院した時以来かもしれない。

   

   

    

    

    

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