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2011年10月 3日 (月)

スピリット アンセム spirit anthem (1/2) 

  

サラリーマンという業種の職を辞してから、間もなく10年という月日が流れようとしている。
その3年程前まで僕は、第一線で仕事をしているエンジニアだった。けれどもその年の春に、年度末の区切りを待っていたボスに内勤を命ぜられたのだった。かくして社内勤務となり自分の仕事の内容も大きく変わった。会社のマネジメントに係わってくると、いままで見えなかったものや、気が付かなかったことが嫌がおうなしに自分の中に入ってきていた。

会社という組織(マネジメント)の中で生きていける人間と、そうでない人間がいると言う話は聞いた事があった。けれども僕自身がその適応障害を持っているなどとは、初めは認めたくなかった。けれども砂の城を波が少しづつ侵食するように、僕の中で何かが崩れ始めていたのだった。

そして当時、何よりもボンヤリとだが『このままでは・・・』と思っていた僕の心を駆り立てたのは、一人の取締役が半年後に退職する事実を知った時だった。それはちょうど、ニューヨークであの悪夢のような出来事が起こった頃である。

  

1110011

< Road 1/2   疾駆・・・駆け抜けてゆく者 >
山形県西田川郡温海町

   

取締役が5月末で退職する事を知った僕は翌年早々、3月末での退職届を提出した。
ボスは人徳も厚く、なによりも個人的に早く父親を亡くした僕にとっては、父親代わりに面倒を見てくれたまさに、オヤジさんと言うべき人だった。
当時は国家資格者の数で企業のランクが決まる時代だった。だから僕は死んでも同業他社への身の振り方を選択する訳にはいかなかった。
極論を言えば一般的にエンジニアとは、専門バカと言われる輩が実に多い職種であろう。自分の専門分野では何でも出来るのだが、路線を逸れると足元がおぼつかなくなる事はご諸兄も御存じの通りである。だから同業他社へ移籍する人が多いのだと思うし、結果的にそれが一番ラクなのかもしれない。


1110012

< Rail way   ずっと続く緩やかなRの先へと >
山形県米沢市

  
    
何度もボスに呼ばれて、ギリギリまで話をされたが僕の気持は変わることはなかった。
退社という行為は、そんな恩義のある人を事実上裏切る事になるのだろうけれど、僕は同業他社に行くつもりなどもうとうなかった。だからこの行為は決して裏切りには当たらないのだ。
と自分という被告人を弁護しなければならない、国選弁護士にでもなったつもりで、必死で自己弁護していた。

信じてもらえないかもしれないけれど、会社で開いてくれた送別会の席ですら、次に食べていく手段(仕事)が決まっていなかった。当時僕の心の中は、取締役より自分が早く辞める安堵感しかなかったような気がする。ただ次に僕が何をやるのかについて、興味本位な噂が数多く飛び交っているのは知っていた。きっと良くない事だったのだろうけれど、それらをアレンジしてかえって噂の出所を混乱させるような、つじつまの合わない嘘をついていた。

***

それから約3年後。今思えばいろいろな運命の屈曲のようなものを経て、現在のBossと出逢う事になる。

 

  

   

   

   

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