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2011年9月 2日 (金)

まるで 昨日のことのやうに (Ⅲ)

  

10年近く前の事になるだろうか・・・・・
仙台市に住んでいた事は昨年ここに記したとおりなのだが、その時来の友人から先週一通のメールが届いた。なんでも家の事情で、仙台を離れる事になったらしい。彼とは昨年の秋晩くに仙台市内で呑んだことを想い出した。その時は何か話がありげな雰囲気だったがあの頃、分町(国分町)で飲み歩いた昔話などで、彼の口から特別な話が語られる事はなかった。

***

指定された店に予定の時間よりも20分も早く着いてしまった。
外で時間を潰そうかなとも思ったが、11月下旬の仙台といえば結構風が冷たい。久しぶりの乾いた寒風のなかで、まぁ乾杯の練習でもしていようかと僕は店のドアを開けた。名前を告げると案内されたのがこの席だ。

なぜこの絵が残っているかと言えば、1週間程前に届いたコンパクトデジカメをまだ試す機会がなく、当日テストがてら連れていった事を思い出した。僕が一眼レフのデジカメを使う大きな理由は、画像の記録形式だった(必ずRAW形式でなければならない)。でもその大きさや重さは「手軽に・・・」という表現は程遠いものだし、第一そんなものを持っているといかにも、(まさかプロには見られる事はないだろから)マニアさん的な目でみられたりすることがあった。僕は絵を切り取る事自体は楽しいので好きなのだが、決してマニアでもオタクでもない。だから今では皆が、ごく普通に鞄やポケットに入れて持ち歩くコンパクトデジカメで且つ、RAW形式のデータを記録できる機種がないかとずっと探していたのだった。
    

11090101

< reserved 予約席 >
宮城県仙台市

    
    
久々である乾杯の練習用ビールを二口程飲んだ頃、相変わらずの曲がったネクタイ姿の彼が現れた。
僕は初めて訪れたこの店。安くて美味い店を嗅ぎつける彼の能力は、少し大げさなのだがときたま人間の域を超えて、動物的でさえあると感じる時がある。あらかじめオーダーしていてくれたオススメの一品である、牡蠣とオマールのテルミドール。それは彼の一押しだけあって、とりみだしてしまうほどに旨かった。

僕と彼との共通点の一つに、食べるものは美味しくなければならないということがあった。
その中で値段は重要な位置を占めるのだ。高くて美味しいものならば誰でも知っているし、何処へ行っても食べられるのだ。安くて美味しいものとなると一度に10品程も言える人間はそうはいないのである。分町界隈ではいろいろな店に連れて行ってもらったものだ。

ずっと昔に読んだ、確か井伏鱒二の随想集に「食べる。是即ち生きる事なり」という一節があった。
全くその通りだと思ったものだった。それ故なのか僕の対人関係でも、これが意外と重要なファクターを占めているような気がするのだ。相手方が自分が食べるものや飲むものに全く関心のない人に対しては、ほとんど個人的な興味がわかないように。

***

奥のテーブルは僕らより少し遅れて来店した、今思えばそれはもう賑やかな御婦人方だった。
無条件に、そのハイキーな声と会話が耳に突き刺さってくるのは二人とも少し閉口した。彼は右手親指・人差し指・中指でつまみをつまむ形を作り、それをしきりと左側に廻すジェスチャーをしていた。要するにボリュームをしぼる動作である。
自分がこの店を予約したからだろうか、けっこう隣の騒音を気にしていたようだった。けれども僕自身はバスツアーか何かで、そんな人たちとたまたま隣席になったようなもので、単なる確率と運の問題だ思っていた。そんな事を話ながらグラスを重ねていた。


僕らの会話がフト途切れる瞬間があった。
その時隣から鮮明に耳に入ってきたのが、「もし、時間を遡れるのだったら・・・いつに戻りたい?」というようなニュアンスの会話だった。その言葉は僕らの心の隙間にスッと入ってくるものだったのだろう。


11090102

< 彼の定番・ライトボディー >

 
 
 
それを聞いた彼はフト夜景の映った窓に目をやっていた。
それに気付いた僕も何故かグラスの融けかけた氷を見つめていた。ほんの数秒ほどの無言の時間だったように思う。
そんな魔法が梳けた後は、お互いその事に触れることはなかったのだけれど、その時彼の心の中に起きていた破壊に気付く術もなかった。たぶん僕自身もその時は何らかの理由で壊れていたのかもしれない。

嫌がうえにも耳に入ってくる、その荒唐無稽な質問に対して御婦人方のそれぞれの発言は、男として聞くのは実に身に抓まされるようなものだった事は、ご諸兄方にも決して想像に難くないだろう。

奥の御婦人方はアルコールが廻ると、だいぶエスカレートしてきた。
いままで通路側の椅子に掛けていたが、堪らなくなってソファの席に移動した。高い背もたれが遮音壁となってだいぶ落ち着くのだが男同士、半円形のソファの端に二人で座っていると言うのも、今思えば第三者が見たならば微妙な光景だったろう。


来月中旬、僕は彼に会うために再びあの店に向かう。 今度は隣にどんな客がいるのだろうか・・・・・
   
   
   
   

運命を決定づけるもの、それは選択である。   チャンスではない。

< ジャン・ニデッチ >

  
   

   

    

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