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2011年9月の記事

2011年9月17日 (土)

カヲル 水 (Flavor water)

 

その水は”ほのかに”というよりは、”かすかに”という感覚に近い、オレンヂのかをりを感じる水だった。

これはつい最近のことなのだが、僕にとってフレーバー・ウォーターというものとの、偶然且つ初めての出会いの日だった。
   

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< フレーバー・ウオーター >
山形県山形市

 


そこは坂道のつづく路で、ふと見つけたCafé。
時計を見るとまだ11時少し前。いつも休日の朝に行うルーチンワークをバタバタとこなして出てきたので、少し喉が渇いた感覚を覚えていた。

駐車場には車は停まっていなくまだ開店前か、休みなのだろうと通り過ぎようとしたとき、不用意に店のドアが開き、エプロン姿の人影がチラッと見えた。通り過ぎてしまった車をバックさせると、主人と思しき人が”鍵-coffee”の看板を踊り場に引き出そうとしていた。駐車場にお尻半分だけ車をいれて、こちらを見ているその人に親指を立てたこぶしを翳したのだが、意味が通じないらしくポカンとした顔をして見ている。
今度はOKサインをかざすとようやく意味が判ったらしく、愛想良く笑いながら頷いてくれた。運よく開直前の入店交渉の成立である。

  
そこで供された水を一口含んだ時の印象が、冒頭の感覚だった。
けれども僕は喉が渇いていたので一気に飲み干し、もう一杯の水を所望すると、「同じものでいいですか?」と聞かれた。その時は”えっ?”と
思ったのだが、彼女に言われてメニューの端を見ると、”好みで選べるフレーバー・ウォータ(無料)”と書かれてあったのだった。先ほど感じた
極々うすく心地よい香味は、気のせいではなかった事を初めて知った。

その中に”季節の野菜”というのがあった。
おとな気ない話なのだが・・・・・野菜の中でどうしても苦手なものが実は一つだけあるのだ。残すのも悪いので最初に訊いてみたのだが、どうやら”それ”ではないようだ。

***

暫し待つ間に、レストランなどでフランスの有名なスプリングウォータや、ひどくクセのある超硬質のミネラルウォータを供された記憶や、外国人にとってオーダーもしないのに、しかも無料で水が出てくる日本という国に驚いた話を聞いたことがあるのを思い出していた・・・

程なく先ほどの”季節の野菜”が運ばれてきた。
野菜の名前はあえて訊かなかったので、興味津々である。一口含むと昔飲んだ韓国焼酎の記憶が甦って来た。そうなのだ、それはきゅうり
(カッパ)なのだった。きゅうりは僕の好きな夏野菜の一つで、あの爽やかな香りが大好きなのだ。この水はどうかと聞かれて、思わず駐車場にて理解してもらえなかったgooのサインを出していた。

***

僕は渓流魚(岩魚・山女)以外の川魚はほとんど食べない。
けれども香魚(あゆ)だけは別格だった。御存じのご諸兄も多いと思うのだが、鮎の腑は通常の川魚の生臭さとはかけ離れた(次元が違う)
本当にきゅうりの香りがするのである。この鮎を香魚と呼び、初夏の味覚として愉しんできた日本人の味覚・感性は素晴らしい。またこの味覚にあやかる事ができる国に生まれてきたことも、感謝しなければならないのだろう。
 
そういえば6月に親友が主催する鮎茶屋の開催を知らせるメールが舞い込んできた。彼が親方となって焼いてくれる鮎は、僕にすらその仕入れ先を決して明かさない、ビックリするほどおおぶりなものなのだ。それが炭火で焼かれ、野趣溢れる香りが漂うと、普段よりずっと(たぶん数倍)アルコールがすすむのだった。けれども今年はどうしても彼らと僕の都合が合わずに、今年は見送りとなってしまったようだった。別に他に参加する彼の友人もいるので開催しても良かったろうにと思ったのだが。 そうなのだ、彼はそういう男なのだ。来月あたりに今度は彼とその友人の為に、僕が秋刀魚茶屋を企画しなければならないだろうと思った。
   

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< 雨の月曜、Café テラス >

   
   
コーヒーを飲みながらぼんやりと雨に濡れたこのテラスを見ていたら、僕はこれから向かおうとしていた目的地を何となく変更したくなっていた。
何か特別用事があったわけでもなく、ただそこに行ってみたいという思いだけで、出掛けてきたのだけなのだから・・・

  
2杯目の水を飲んでポッカリと浮かんできたのは、きゅうりの入ったグリーンサラダだった。
少し早い昼飯もたまにはいいなと思い、メニューの中からオムライスのサラダセットをチョイスした。「これは特別な難しいものではないし、ネットで調べればいくらでも作れますよ」という言葉に後押しされて、後日”書斎”の冷蔵庫には酔いざまし用の御神水が2種類程、仲間入りした。

  
 

こんな雨の日には時間が少しだけ・・・ゆっくりと流れるようだ。

< Rainy days and Mondays を聴きながら >

    

    

  

  
   

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2011年9月 9日 (金)

は く ろ の頃  (2/2)

  

最近、日がだいぶ短くなった事に気が付く。
白露と言えば立秋とは違い、現実的な秋の入り口と言うイメージが色濃い。それはちょうど冬から春、春から夏へと、少しずつ上がってきた水銀柱が降下し始める時期なのだ。過ぎてしまった夏と、始まったばかりの秋の狭間で、幾許かのもの悲しさを感じてしまうのはたぶん僕だけではないだろう。そしてうるさいほど鳴いていたセミの声も聞こえなくなり、これから日々日焼けの跡も薄れてゆくことだろう。

腕の間をくぐりぬける乾いた風の中、遠くに山と湖を眺めながら、僕はいろいろな事を思い出していた。
   

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< 初秋の高原 >
福島県郡山市湖南町

  

今年の春ごろからだろうか、青空の好みが変わってきていた。
それは何故なのだろうか、自分でもまだはっきりとは判らないのだけれども、以前は雲ひとつない無垢の青空がたまらなく好きだったのを覚えている。けれどそのあたりからそんな青空を眺めていると、掴みどころのない一種の淋しさみたいな感覚を覚えるようになっていた。

いつか記した、魚の目に水見えず 人の目に空見えず という言葉が沁み込んできたのは、確かその頃だったような記憶がある。
これは僕の心の中(心象風景)の問題なのだが、快晴のそらはただただ蒼く清々しいだけで、とてつもなく遠いのか、それとも意外と近いのか、そこまでの距離感が全く掴めないことに気がついたのかも知れない。
それからの僕が渇望していたのは、きっとそらに対する距離感なのかも知れないと思っている。いまでは青空の中に適度に雲が浮かんでいた方が、今の僕にとってはちょうど良いのだ。

***

これからは一年で空気清澄度の一番高い時期を迎える。
今までの同じ晴れでも空の青さ、雲の白さがのコントラストが際立つようになる。そして遠景の山々までスッキリと見渡せるようになるのだ。
僕にとってはいきなり視力が2段階くらい良くなったのか、それとも遠景の山々がすこし近くに引っ越してきたのかと錯覚する程なのだ。

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< ラヴ・ストーリー's >

   
澄み渡ってきた秋の空気の中、あと3日程で中秋の名月を迎える。
この旧8月15日に月を愛でるというのは古来からの習慣であるのは誰もが知っている通りである。また無機質な天文学的な話になるが、北半球では月と太陽の角度が丁度見上げるのに適当な高さとなり、月が明るく見えるいわば観月の適した日(月)なのだった。それを経験などから導き出し、年中のどの満月も並ぶ事の出来ない名月だと称していた、昔人の感性とはまたすばらしいものだ。
  
  

月月に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月  (詠み人知らず)
  
  
***

   
この道はいったいどこまで続くのだろう。
白い道標が立ち並ぶ細い道を歩いてみる。まるであてのない散歩のように、坂を下った交差点で立ち止まり再び考える。まっすぐ進もうか、
それともどちらかに曲がってしまおうかと。

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< 遠い道程 >

    
    
たぶん、雲ひとつない無垢の青空だったら、距離感が掴めずにきっとどちらかに曲がってしまったような気がする。
けれども、そらにくもが浮かぶこんな日はまっすぐに進む事にしよう。少し上りの道になりそうだけれど、その上り切った先に見えるであろう、
何かを見てみたいが為に。
   
     

開放的でめくるめく行動の季節が過ぎ、これから澄んだ空気の中で、人にとっての”想う季節”の始まりである。
   

< SEPTEMBER SONG を聴きながら >

 

 

 

   

   

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2011年9月 7日 (水)

は く ろ の頃  (1/2)

  

この時期、高原を渡る風には真夏のように、纏わりつくような湿気と温度を感じる事はない。
ちょうどベビーパウダーをはたいた皮膚の上を、風(空気)が滑らかに流れていく感覚のようだ。この高原は2年越しの悲恋が昨年5月にようやく叶った、お気に入りの場所の一つなのだ。"書斎"から鉄の馬でほんの2時間程の場所なのだが、この季節に訪れたのは初めての事だった。
  
昨年の狂ったような暑さと違い、ようやく朝露が見られる気候へと、今年は順調に季節が進んでいるようだ。
明け方に宿り、日が射すとたちまち消えてしまうこの時期の朝露は、昔から「儚いもの」のたとえに使われてきたように、注意深く見ないとやはり気がつかないほどに、はかないものだ。

  

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< 高原の旬 >
福島県郡山市湖南町

 
  
標高約1,000mのこの高原に野菜畑があるというのは、昨年の早春(まだ通行止めの時)に地元の人から聞いたのだが、実際に目にするのは初めての事でだった。そういえば、親切にこの高原の事を教えてくれて、高原野菜市にでもまた来てと言ってくれた、その人との再会もまだ果たせていないままなのを思い出した。

***

この冷涼な気候の中、これから旬を迎えるキャベツや大根などの高原野菜がたくさん育っていた。
僕の住む地方の年配の人はキャベツの事を、親しみをこめて「玉菜」と呼ぶ。全く知らない人でもニュアンス的に十分連想できる、実に上手い表現だと僕は思っている。そうなのだ、言いかえればここは、玉菜と大根の畑なのだ。
僕の愛する年配のご諸兄方の会話はたぶん・・・こうなるのだ。
     「ほんがな広いはだげさ、なに植わってだごどや?』  (そんな広い畑に何が植えてあったのか?)
     「なぁに、玉菜とだいごんだ」  (あぁ、キャベツと大根だ)


そしてなによりも、聞きなれているせいなのかキャベツの千切りというよりも、(玉菜を刻んで)の方がしっくりと耳に入ってくるのだった。


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< 白露の候・愛でる季節の花 >

  
  
最近よわいのせいか野菜がすごく美味しく感じるようになったし、好んで食べるようになっていた。
そういえば昨年の夏に、新潟県五泉市で透明感のある、ものすごく美味しい夏野菜(ピーマン)と出逢ったことを思いだした。 詳細は     natu色ベジタブル&ラテ・カフェ debut! に記したとおりである。これから秋が深まると根菜が実に美味しい季節を迎える。今年こそ、その店に行けばきっと美味しい蕪や芋にめぐり合えるのかもしれない。    だだ月曜が定休日だったような・・・


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< 遅咲きのラベンダーと尾花 >

 
小さい秋、ちいさいあき、小さい秋みぃ~つけた。
僕の住む地方ではお盆も過ぎるあたりから、ススキの穂が開きはじめる。子供の頃から僕にとってこの小さい秋とは、他でもないこのススキの事だった。穂が出たばかり、少し赤みがかって陽光にキラキラ輝く時期。少しづつ綿毛に変わり始め、動物の尻尾のようにふゎっと柔らかそうな穂が風になびき。強さを増してきた北風に綿毛がさらわれて、小さな箒だけが残る頃には冷たい雨の中に白いものがまじり始める。



春の七草。
それらは食べて愉しむ野草だった。けれども秋の七草は眺めて愛でるもののようである。考えてみれば、どれも食べられそうにないものばかりなのだから。
  
 

(続く)

  

   
   
     

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2011年9月 2日 (金)

まるで 昨日のことのやうに (Ⅲ)

  

10年近く前の事になるだろうか・・・・・
仙台市に住んでいた事は昨年ここに記したとおりなのだが、その時来の友人から先週一通のメールが届いた。なんでも家の事情で、仙台を離れる事になったらしい。彼とは昨年の秋晩くに仙台市内で呑んだことを想い出した。その時は何か話がありげな雰囲気だったがあの頃、分町(国分町)で飲み歩いた昔話などで、彼の口から特別な話が語られる事はなかった。

***

指定された店に予定の時間よりも20分も早く着いてしまった。
外で時間を潰そうかなとも思ったが、11月下旬の仙台といえば結構風が冷たい。久しぶりの乾いた寒風のなかで、まぁ乾杯の練習でもしていようかと僕は店のドアを開けた。名前を告げると案内されたのがこの席だ。

なぜこの絵が残っているかと言えば、1週間程前に届いたコンパクトデジカメをまだ試す機会がなく、当日テストがてら連れていった事を思い出した。僕が一眼レフのデジカメを使う大きな理由は、画像の記録形式だった(必ずRAW形式でなければならない)。でもその大きさや重さは「手軽に・・・」という表現は程遠いものだし、第一そんなものを持っているといかにも、(まさかプロには見られる事はないだろから)マニアさん的な目でみられたりすることがあった。僕は絵を切り取る事自体は楽しいので好きなのだが、決してマニアでもオタクでもない。だから今では皆が、ごく普通に鞄やポケットに入れて持ち歩くコンパクトデジカメで且つ、RAW形式のデータを記録できる機種がないかとずっと探していたのだった。
    

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< reserved 予約席 >
宮城県仙台市

    
    
久々である乾杯の練習用ビールを二口程飲んだ頃、相変わらずの曲がったネクタイ姿の彼が現れた。
僕は初めて訪れたこの店。安くて美味い店を嗅ぎつける彼の能力は、少し大げさなのだがときたま人間の域を超えて、動物的でさえあると感じる時がある。あらかじめオーダーしていてくれたオススメの一品である、牡蠣とオマールのテルミドール。それは彼の一押しだけあって、とりみだしてしまうほどに旨かった。

僕と彼との共通点の一つに、食べるものは美味しくなければならないということがあった。
その中で値段は重要な位置を占めるのだ。高くて美味しいものならば誰でも知っているし、何処へ行っても食べられるのだ。安くて美味しいものとなると一度に10品程も言える人間はそうはいないのである。分町界隈ではいろいろな店に連れて行ってもらったものだ。

ずっと昔に読んだ、確か井伏鱒二の随想集に「食べる。是即ち生きる事なり」という一節があった。
全くその通りだと思ったものだった。それ故なのか僕の対人関係でも、これが意外と重要なファクターを占めているような気がするのだ。相手方が自分が食べるものや飲むものに全く関心のない人に対しては、ほとんど個人的な興味がわかないように。

***

奥のテーブルは僕らより少し遅れて来店した、今思えばそれはもう賑やかな御婦人方だった。
無条件に、そのハイキーな声と会話が耳に突き刺さってくるのは二人とも少し閉口した。彼は右手親指・人差し指・中指でつまみをつまむ形を作り、それをしきりと左側に廻すジェスチャーをしていた。要するにボリュームをしぼる動作である。
自分がこの店を予約したからだろうか、けっこう隣の騒音を気にしていたようだった。けれども僕自身はバスツアーか何かで、そんな人たちとたまたま隣席になったようなもので、単なる確率と運の問題だ思っていた。そんな事を話ながらグラスを重ねていた。


僕らの会話がフト途切れる瞬間があった。
その時隣から鮮明に耳に入ってきたのが、「もし、時間を遡れるのだったら・・・いつに戻りたい?」というようなニュアンスの会話だった。その言葉は僕らの心の隙間にスッと入ってくるものだったのだろう。


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< 彼の定番・ライトボディー >

 
 
 
それを聞いた彼はフト夜景の映った窓に目をやっていた。
それに気付いた僕も何故かグラスの融けかけた氷を見つめていた。ほんの数秒ほどの無言の時間だったように思う。
そんな魔法が梳けた後は、お互いその事に触れることはなかったのだけれど、その時彼の心の中に起きていた破壊に気付く術もなかった。たぶん僕自身もその時は何らかの理由で壊れていたのかもしれない。

嫌がうえにも耳に入ってくる、その荒唐無稽な質問に対して御婦人方のそれぞれの発言は、男として聞くのは実に身に抓まされるようなものだった事は、ご諸兄方にも決して想像に難くないだろう。

奥の御婦人方はアルコールが廻ると、だいぶエスカレートしてきた。
いままで通路側の椅子に掛けていたが、堪らなくなってソファの席に移動した。高い背もたれが遮音壁となってだいぶ落ち着くのだが男同士、半円形のソファの端に二人で座っていると言うのも、今思えば第三者が見たならば微妙な光景だったろう。


来月中旬、僕は彼に会うために再びあの店に向かう。 今度は隣にどんな客がいるのだろうか・・・・・
   
   
   
   

運命を決定づけるもの、それは選択である。   チャンスではない。

< ジャン・ニデッチ >

  
   

   

    

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