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2011年8月12日 (金)

旧盆と青リンゴ、そのころまだ麦茶

   

毎年今頃の時期になると、目が自然に探しているものがある。
それは昔この時期によく食べた青林檎。 夏の終わりにリンクした、蚊帳の匂いが甦る甘酸っぱい味覚の記憶だった。この青林檎を見つけたのは偶然訪れた駅前の果実店だった。高級果実がたくさん並ぶなか、その中にわりと無造作に並んでいたのだった。
今思えば店の主人に 『これ、食えるの?』 と、実に変な質問をしてしまった。それはいままで何度かスーパーで見かけたことはあったのだけれど、同じ質問をするといつも食用ではなく、お盆の飾り用だという返答ばかりだった。僕にしてみればいつものことだったのだが、考えてみれば
ここは果実店である。 なんて事を訊いてしまったのだろうか。
  

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< 静 物  Ⅰ >
山形県米沢市 [ 夜の書斎にて ]

   
 
遠いむかしこの林檎との取り合わせは、子供だったのでもちろん麦茶だった。
何十年ぶりの再会に今回は麦酒と合わせてみる。グリーンの組み合わせを考えると、やはりこのモルトビールであろう。近年僕も少しは大人になれたのだろうか?などと考えながら一口飲んでみたのだが。
あたりまえの事だけれど、林檎は僕の心象風景を写す事なく、ただただ青いままだった。

 
そう言えば、さすがに果実屋である。
僕が無造作に選んだ3個の林檎を丁寧に入れてくれたのは、取っ手のついたポリの袋ではなく、白い紙袋でもなかった。それは昔懐かしい、
少し厚手のきなりの紙袋だった。今時では不器用とも言われそうな、昔ながらのゴワゴワした感触がまたその気にさせてくれる。そのまま僕はその中に入っている3個の青林檎と共に昔へとタイムスリップしたい気分だった。
   
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今の時期、懐かしい写真と青林檎の取り合わせも、昔の記憶を持っている僕にとってはそんなにかけ離れた、ミスマッチな組み合わせではないのだろう。

モルトビールがなくなると、今度はアイラの気分だった。
このアードベッグ、ボトルのデザインはそれほど目立たないのだが、これもなかなかの曲者である。彼との出逢いは丁度一年前に遡る。書斎を訪ねてくれた先輩が、イギリス帰りの友人の土産だと差し入れてくれたものだった。その時先輩は『飲んでいてもいいけれど、正月に飲む俺の分も残しておけ』とだけ言って帰って行った。何と言っても先輩の云い付けである。律儀な僕は彼に対して書斎床下収納庫にて正月までの蟄居(僕自身の為にも)を命じるしかなかった。

待望の正月、今度は先輩の家に招待された。
僕は喜び勇んで先輩の前で封を切ったのだが、先輩自身アイラが苦手だった事をその時初めて知った。長いおあずけの後で知ったこの事実は、少し嬉しいものだった。何故ならば、このリッター瓶を一人占め出来ることが分かったのだから。下の絵は700mlのボトルだ。やはり日本ではリッター瓶は手に入りにくい。
一般的にメジャーなボゥモアやラフロイグを飲み慣れた人間に、再びアイラとは何ぞやと問いかける、特異的な存在なのかも知れない。

   
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< 静 物  Ⅱ >

   
中央の写真、自転車に後ろ向きに跨っているのは実は僕なのだ。
そして齧った青林檎と古い写真たち、それとアードベッグ。  こんなシュチュエーションにはクレモンティーヌのこの曲。

すこしアンニュイな旧盆の午後の匂いが良く似合う。
 

< Lete ~ 夏 を聴きながら  >

  

  

  

  

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