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2011年8月 6日 (土)

盛 夏

 

今年の夏も明後日で立秋を迎える。
7月に入り昨年を彷彿とさせる暑さだったが、先々週の台風が過ぎてからは近年になく涼しい夏が過ぎていた。けれども、ここ3~4日はようやく『夏』も例年の記憶を取り戻したようである。
 
 
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< 何気ない日常の夏風景 >
山形県米沢市

    
僕なりには先週の涼しさがずっと続いてもらっても、『いあんばいだ、いっこさすけね!』 (イイ感じなので、一向に構わない) のだったが、季節というものは時期的にそれらしくなってもらわないと、やはり大丈夫なのかと幾許かの不安は募るものである。それに気候相手の商売である農家の人たちだって、おおいに困ることだろう。


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< 目の前にあるいつもの日常風景 >

 
  
秋は毎年、夏の後ろに隠れるように、最初は少し遠慮がちにやってくる。
けれども、ある日突然ににその存在をはっきりと主張しはじめるのである。例えば名ばかりの残暑と思う頃、突然吹いてくる風にハッとさせられるように。
最近ぐっと日が短くなったのに気が付く。そういえば確か、立秋は夏至と秋分の中間地点だったような気がする。だとすれば日の出、日没の時間的シュチュエーションは連休のあたりの立夏と同じ感覚のはずである。けれども気温自体が違うせいもあるだろうけれど、僕なりには日没の印象はずいぶんと違う。

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僕の住むところは、いわゆる地方の小さな街なのだが、なかなか捨てたものではない。
それは街灯の明るさがあっても、これだけの星が見えることだ。恐らく東京などの大都会では、さそり座の赤い心臓と言われるアンタレスすらも見つけるのは困難な事だろう。

  
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  <惜しむ夏 さそりを眺めて寝そべる芝生にて >

  

誰でも知っているこのさそり座は、夏を代表する星座である。
この絵を切りとったのは日没から2時間程経った午後9時頃だろうか。この時期星座のある画面の中心は、もはや真南ではなく南南西なのだ。前記したアンタレスは僕の好きな恒星の一つだ。さそり座の中で一番明るい赤色巨星で地球からの距離は約550光年。つまり室町時代あたりにこの星から発せられた光がようやく長旅を終え、当時昔人も思いもつかなかったデジカメのセンサーなる物にすい込まれて、今こうしてこのアンタレスの絵が出来ている。
そして今この瞬間に、この星が超新星爆発を起こして消滅したとしよう。
それを人類が実際に目撃できるのも、やはり550年後なのだ。現時点で物理的に最速である光のスピード。ビックバンによって形成された宇宙の広さ。そんな事を想いながら、空間(時空)についての理論が記されているアインシュタインの特殊相対性理論をひも解いていくと、やはり空とは昼夜の二面性を持ちながらも、且つもの凄い奥行き (月の約30万キロ~∞光年) があったりして実におもしろいものだと思う。
  

***

  
今の時間見えているこの星座も間もなく見えなくなり、同じ時刻に東の空にミニチュアのひしゃく星のようなプレアデス星団が見えるようになると、いよいよ秋も本番(寒露)へと流れてゆく。

季節(Season)の便りを”そら”からも受け取ってみる。
これもまた、たまにはいいものだ。

  

  

  

  
  

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