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2011年5月16日 (月)

 ひとあし早い 『涼』 

 

さくらも散ってまだ10日程だが新緑もすっかり色味を増し、ここ一両日は初夏を思わせる陽気となっていた。
   
うっすらと汗ばむような季節になって来ると欲しくなるのが、これからの定番である冷たい飲み物だ。まだホットでも悪くはない季節なのだが、ひとあし先に初夏の気分をあのgrassで味わってみたいのだった。
冬から気になるグラスがあった。マスターの話ではアイスコーヒー用のグラスなのだそうだが、ちょうど東京スカイツリーのように基部と上部の形状が違うのだ。グラスは丸いものという固定観念を持った人が手に取った時、錯覚かと目をしばたいてしまう人もいるというのも頷ける。

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< 魅かれるグラス >
山形県米沢市

   
   
   
このグラス、何故こんなカタチをしているのだろうか?と手に取りながら考えていた。少し理数系に偏ったマニアックな話となるが、上と下で長軸と短軸の比率の違う楕円形が90°の交差を作り、内側には山形の突起が作られている。それが捻じれずにまっすぐに延びているということは、幾何学的に考えても上部の山の間隔と下部の形状(間隔)をうまく調整しなければ不可能な事だった。たっぷりと手間のかかったデザイン的にも計算しつくされた美しい形の中に、造り手の意図を辿ってみるのだった。

眺めているだけでもいいのだが、以外にもこの造り手の真意(たぶん)は、何気なくマドラーでコーヒーをかき混ぜた時に耳から飛び込んできた。通常のグラスでは氷とグラス内面がぶつかる事があまり起きないので、お互い背中を向け合ってこすれるような少し鈍い音なのだが、これは違った。意図的に付けられたグラス内面の角と氷の角がキチンと共鳴して実に澄んだ涼しげな、まるで風鈴のような音色を奏でるのだ。
   
僕がそうだったように、初めてこのグラスに触れる人はきっとこんなリアクションを示すことだろう。
運ばれてきたグラスが円形でないことに気を留めるか、留めないかはその人なりとして、ミルクなりガムなりをそそぎ、何気なくマドラーを1~2回まわすとハタと手が止まるのだ。
そしてグラスをしげしげと見つめ、再び2~3回、そして反対まわりにまた2~3回。
そして口元には美しいものと出逢った時にだけ見せる笑みが浮かぶ事だろう。


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< 新緑の透過光 >

   
   
 
ひとあし早い涼、それは耳で愉しむ『涼』でもあった。
様々な角度からこの美しさをと味を堪能し、またマドラーを意味もなく2~3回廻してしてみたくなる。外の日差しに翳してみれば、新緑の透過光が氷との水色の中を通り抜けて美しいグラデーションも見え隠れするのだった。
豆は特に指定がなければ、深煎りのイタリアンブレンドを使うそうである。豆を変えれば水色と味覚も変わるわけで、グラデーションを眺めながら早くも次の豆はと考えていた。

      

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< 一服の涼 >

   
   
僕のアイスの愉しみ方は少し変わっているのかも知れない。
ホットは必ずブラック(プレーン)なのだが、アイスは最初にプレーンを一口愉しみ、次にミルクを半分だけ注いであまりかきまぜないまま一口、そして残りのミルクとガム半分いれてマドラーでかき混ぜるのである。
   
いつの間にか八十八夜から立夏も過ぎ、来月の芒種を過ぎるころまではまだ、梅雨の鬱陶しさもない。さらに新緑が日に日に色濃くなり気候的にも過ごしやすく爽やかな季節なのである。

   
   


< 放課後の音楽室 > を聴きながら

   

 

 

 

 

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