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2011年5月 8日 (日)

さ く ら の頃 ( 2/2 )

 

今年の春祭りは秋に延期となったこともあり、比較的静かな5月のスタートだった。
こんなにのんびりとさくらを眺めるのは何年振りだろうか。下の絵、山肌の紋様は市内屈指の高さを誇るスキー場である。標高は確か一番高い所で2,000m程あり、真冬の雪質は北海道のスキー場にも劣らないパウダースノーが堪能できるゲレンデである。地元の僕が言うのも少し憚られるが少しだけアクセスが不便で、シーズンインのまだ他のスキー場での滑走が出来ない時と、近隣のスキー場が閉鎖されてから連休後までが込み合うスキー場なのだ。
荒天時などは強風でリフトはしょっちゅう止まるし、(風に揺られながら乗ったまま動き出すのを待つしかないのだが)標高の高いぶんその寒さたるや、そこいらのスキー場の比ではないのである。しかしながら好天の日には、この山形県の一番南端このゲレンデから、一番北端の鳥海山や市内を眺めながら、一気に降りる全長3,000mの滑走は実に爽快なものだった。    
    

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< 春の原風景 Vol.2 >
山形県米沢市

  
この白い紋様は"白馬の騎士"とか"馬上の謙信"と呼ばれているもので、雪解けとともに現れて春祭りが近いことを教えてくれる。以前農作業の基準だとも聞いた事があるが、春を待ち焦がれるこの地方の人にとっては、それこそ春の原風景なのだろう。
そう言えば地元酒蔵のCMで、祭りの風景のあとこの白馬の騎士が画面に顔をだし、『人々はこの祭りで長かった冬を忘れる』と言う僕の好きなフレーズがあった。そして締めくくりには、『祭りに乾杯!』というのをちゃんと忘れていなかったものだった。そしてもう少し時間が経って、この紋様が見えなくなる頃には初夏の訪れである。

***

この連休に読もうと思った本が3冊あった。
さくらの下、それもチラホラと花びらの舞い落ちる中で。アイラ・モルトをお伴に、やわらかな春の陽光の中で夢中で本を読んだ。それはずいぶん、いや近年体験することのなかった贅沢でのんびりとした時間だった。

その中で特に印象深い1冊の本と出会った。それは『inei_raisan』という『J.Tanizaki』氏の著書だった。昭和8年に書かれたこの本はタイトルに旧漢字が使われていたりして、少しとっつきにくい印象があるかもしれないのだけれど、光と翳を扱う職業の人は必ず手に取るという意味が読んでみると良く解る。

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< 於:さくらの木の下 >

    
読み進めていって思ったのが、氏のあくまでもディティールにこだわったものの捉え方である。それこそ漆器・醤油・漱石と食べた羊羹・蒔絵にいたるまでことこまかに記されていた。以前友人から僕の絵はすぐに判ると言われたことがある。話を聞いてみるとどうも切り取り方が普通とは少し違うらしく、先程の漆器~蒔絵など小品を切り撮るとそれが顕著に表れるらしいのだ。
確かに文字を追いながら僕は5、6度はうなずいてしまっていた。ひょっとすると僕の前世は氏の書生だったのかもしれないなと、舞い落ちる花びらを見て思っていた。

その著のなかで氏がいみじくも言いきっているように、『陰翳=日本の美のこころ』なのであり、それ自体が大和撫子とサムライが持っている日本の美に対する礎であるように想える。日本人ならは一度それについて考え、想い、そして一度はふれてみるのも大切なことのように思うのだ。日本人として生まれて、その根底にあった自分の感覚的ルーツを一度は覗いてみることで、持って生まれたの日本人としての自分の感覚、そしてその礎の上にある現在の自分の感覚の繋がりが少しは判るのかもしれない。
 

***

    
さくら吹雪の中を歩いてみるというのは何年振りだろうか。
数ある花のなかでも、一番美しい散りかたをするのもさくらだと想ふ。すこし強めの春風に誘われて一斉に舞おちるはなびらを、さくら吹雪とは良くいったものである。

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< さくら吹雪の中で >

    
さくら吹雪ももちろん素敵なのだが、風のない時、はら、はらっ、と左右にふれながら自由落下する花びらも独特の美学を持っているものだと僕は思ふ。なぜならばそのタイミングは時の風に左右される訳でもなく、神のみぞ知る時間なのだ。そして花が散る時にはそこにはすでにちいさな新緑が芽生えていて、これからも続く季節を連想させてくれるのだ。そんな安心感がさらに見る人を酔わせるのではないだろうか。

  
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< '11 春の密かな楽しみ >

    
   

最後になってしまったが今回(5月)から、再びこのLOGの名称を変える事をさくらの木の下で考えていた。
 
囲炉裏端に始まり、光と影からこれで三度目なのだが、
理由はもちろん前出の本との出会いだった。
氏は薄暗さを空気の濃淡のような素晴らしい表現で捉えていた。
もちろん僕にはそんな能力は無いのだろうけれど
なんとなく薄暗さのディティールを知ってこそ、初めて光の諧調が解る気がしたのだった。

   

    

    

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