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2011年4月の記事

2011年4月30日 (土)

さ く ら の頃 ( 1/2 )

  

早いもので4月も末日をむかえた。
今頃はもう葉ざくらの時期なのだが、今年はようやく7~8分咲きといったところだろうか。

この堤防沿いのさくら並木も例年ならば花吹雪も終わり、あちこちに新緑が目立ち始める頃なのだけれど、今年は満開の時期が5月へとシフトするようである。この風景を眺めている僕は4月が10日間程延長されて、40日になったような嬉しい気分なのだった。

Sakura_tree_

< 春の原風景 Vol.1 >
山形県米沢市 

  

さくらの咲く頃になるといつも思い浮かぶ光景がある。
それは遠いこどもの頃の春祭りの記憶だった。

この地方の"上杉神社春祭り"は今月29日~来月3日頃までなのだが、近年はさくらが散ってから祭りが開幕するというパターンだった。僕がまだこどもの頃はこの春祭りとさくらの開花時期はピッタリとリンクしていて、お祭りのワクワクした気分がさくらに助長され、意味もなく高揚した気分で過ごしていたのを良く覚えている。
そして連休最終日の5日。
あんなにいっぱいあった出店が殆ど居なくなり、空から舞い落ちる花びらで堀のみなもが薄ピンクに染まってゆくさまは、こども心にも祭りの終わりを告げる実に寂しい光景なのだった。

***

昨年さくらと春祭のリンクが嬉しくて、夜祭りに出かけてみた。
以前は夜店が堀端いっぱい両側にあったものだが、近年は片側だけになり、その長さもだいぶ短くなってしまっていた。
そして何十年振りだっただろうか、手に取ったのは懐かしハッカパイプだった。
昔からこれに関して僕が最優先するのは、デザインよりもハッカの容量の方だった。そのことを遠慮がちに言ってみると、差し出されたのは昔とちっとも変わらないパイプ型のものだった。その懐かし味と言うか、かをりの中で浮かんできたのはずっと昔、夜祭のとある光景だった。

それは堀の水上に造られた店名のない"飲食店"とでも言うのが正しいのだろうか。外軒を囲むようにずらりと下げられた派手な提灯。薄っぺらな茣蓙の上に形と高さの統一されていないちゃぶ台が並び、その上には裸電球がぶらさがっていた。入口に誇らしげに並んだ酒瓶と水面に反射する提灯の灯りが、まだこどもの僕にとってはそれこそ怪しげな不夜城のように見えたものだった。そこに出入りする大人達に一種の憧れのようなものを抱いていたのだろう。僕も大人になったら一度入ってみたいと思っていたが、いまではそんな店自体を見かける事もなくなってしまった。

Sakura_tree__2

< さくら並木 PM5:15 >

  
このさくら並木を抜けた橋の袂を左に曲がって23メートルの所に、ピッツァがすごく美味しい店がある。テラコッタ色の外壁と窓についた、濃いみどり色のちいさな庇の外観が印象的な店だ。
いまの時期、午後と夕方の境目あたりの時間に行くのには理由があるのだった。それは対岸の堤防のさくらが見える明るさ且つ、まだ混みあう前の絶妙な時間帯なのだ。貸し切りのような2階席で対岸が良く見える場所に座り、ゆっくりピッツァとサラダでカールスバーグのクラブボトルを飲る。
これがまたさくらの頃ならではの密かな楽しみの一つなのである。
  
   

『さくらを折る馬鹿、柿を折らぬ馬鹿』の故事をご存じのご諸兄方々の為に、少しだけ花びらを失敬した四月最終日、あたたかな春の日だった。 Cherry_petal

< '11 Apl.   光と影ヴァージョン >

   
   
   
   
   
    
   
    

   

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2011年4月22日 (金)

春色 blue-sky 地上支部

例年ならばこの地方の桜の開花は概ね17日頃である。
しかし今年は(昨年からだが)だいぶ遅れていて、つぼみがようやくうっすらと頬を染め始めた頃なのだ。気温が少し低めのせいか、春のポカポカとした陽だまりの記憶があまりないままに、大好きな4月も2/3が終わってしまうのかと一端の不満を洩らしたい頃だった。   

休日の早朝”書斎”の掃除をしていた僕の耳に少し大きめに響いてきたのは、春の移動性高気圧の通過を伝えていたラヂオだった。
空を見上げると申し分のない春の青空。  『!!』  昨年や一昨年の記憶ではなく、今年(live)の風景を見てみたい場所が頭に浮かんだ。
口笛を吹きながらそそくさと掃除を終えて60分後、僕は東の峠を越えていた。
そこは以前隣町として記したところで、僕の住む所より少しだけ春を早送りできる場所なのだった。

Tulip_window

< まだシーズンオフのベーカリーショップ >
福島県福島市
  

春色 blue-sky
それは冬の凛とした冷たさではなく、夏の陽炎たつ揺らめきだった空でもなく、秋の空気清澄度の増した中、どことなく知られたくない本心すらも見え隠れしそうなものでもなく。それは新入生の初々しさと言うのか”シャイ”と言う表現がピッタリな青空なのだと思う。
その建物は公園に向かう国道の途中にある。
空が晴れ渡った時には、外壁の金属板とマジックミラーの窓に青空が反射して、まさに blue-sky 地上支部になるのだ。
少し遠まわりだけれど、この空の下どうしても見てみたい風景の一つだった。そして一番気になっていた事だったが、その建物は今月も変わらず健在だった。

   

Bench_in_early_spring

< 早春のベンチ >

 
今の時期にここを訪れるのは、公園の存在を知ってから初めての事だった。
案の定いつもの鉢植ワークショップや、ベーカリーショップもまだ冬の眠りから目覚めていなかった。時期的にまだ数種類の露地植えの花の中で、今まであまり気に留めなかった花があった。それは水栽培のある程度の背丈があるものとしか印象はなかったヒヤシンスだった。そこに咲いていたものは本当にちっちゃく、可愛いものだったが、蜂の視線で花を見てみて初めて気がついたのはそのかをりだった。どうやら今回は華麗なるチューリップの色彩よりも、ヒヤシンスの高貴なかほりに酔いしれる時間となってしまったようである。

 

Anothrn_perspective

< 高度13cm >

  

このLogにこんなに大きく花の絵が載るのはたぶん初めてだと思う。
僕の中では単に春=花ではなく、いつの季節でも式の右辺に入るものは常に五感で感じるものなのだ。
例えば春の場合、頬を撫ぜる暖かい風だったり、少し埃くさいような土の匂いだったり、桜のはなだったり、雪解けの小川のせせらぎだったりしていた。でも今回は何故か妙に花が気になって仕方なかったのだった。

自分がいままで関心を持たなかった世界(環境)に足を踏み入れるには、必ず誰か媒体が必要なのだけれど、
それはいったい誰だったのだろうか。RAW画像データを現像する単調な作業の中でボンヤリと考えていた。

ヒヤシンス。
色ごとに花言葉の違うことをこの記事を書くまでは知らなかったのだった。
      

Speech_balloon

< '11 ちっちゃな春 >
福島県福島市


帰りのトンネル、単調に流れるオレンジ色ナトリューム灯の中を走るパネルバンのトラック。
その左背後にきまったように規則正しく折りたたまれてゆく影を見ながら、
今年このLogにはきっと花の絵が多くなるのかも知れないなとボンヤリと想っていた。
  

< 春の野を行く > を聴きながら
   
   
   
 
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記事へのリクエストついて                                                        
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何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げますと共に、また今後ともご愛読の程、重ねてお願い申し上げます。
 筆者:記

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2011年4月14日 (木)

カントリー・キッチン

       

記憶というものは実におもしろいものだと思う。
ある情景(物)に思わず出会った時に、以前それをどこかで見たことのあるシーンのように感じられるのだ。その場で遠い記憶の扉をあれこれ開けて、そこへ帰って行こうとするのだが、いつも辿りつけなくて終わってしまう。
   
学問的にはその時に感じる違和感のようなものを、「既視感(Déjà vu)」 と呼ぶらしい。
たいていの場合、それは現実に見たのではなく、夢だとか、子供の頃に読んだ物語の挿絵だとか、ずっと前に見た映画の場面だとか、現実の体験として記憶の片隅にひっそりと眠っている事が多かった気がする。

Remi

< 白い壁と二つのオブジェ >
新潟県新潟市

  
下のガラスの容器に羽と歯車のついた古い道具は、ドレッシングを混ぜるものだそうである。それを初めて見たときに記憶の奥底になにか引っかかるものがあって、それはなんだったのだろうと考えながらシャッターを押していたのだった。

それから随分と時間が経ち、その事自体忘れ去っていた時だった。FM-ラヂオから懐かしい曲が流れて来たのだった。それを聴いたとたんにいつかの古いキッチン道具のまわりにボンヤリと漂っていた、記憶の意味が繋がったのだ。

それは僕が子供の頃に聴いていた Lemon-Tree と言うアメリカの古いフォークソングだった。その曲を聴きながら(実は歌えたのであるが)いつも心に思い浮かんでいた情景があった。
それは実際に見たわけではない、たぶん何かの写真からかはわからないけれど、昔のアメリカの、まさにcountryと呼ぶにふさわしいような片田舎の古びた1軒屋だった。窓の外にはたわわな実をつけた檸檬の木、白いペンキ塗りのテーブルがあるキッチンだった。その上には古い道具がいろいろと置いてあったような記憶があるのだった。
   
既(視)感というだけあって、その光景は目からの景色(物)なのだが、それに繋がる記憶の根底にあるものは映像だけとは限らず、例えば匂いだったり、温度だったり、曲(旋律)だったりするもののようである。

Stir

< 古いキッチン道具 > 

  
Lemon-Tree と言う曲は1961年に結成したピーター、ポール&マリー(P・P・M)の曲の中で一番好きな曲だ。以前の記事にも書いたが、父親の記憶が途中で途切れている僕にとっては、その歌いだしの歌詞に一種の憧れみたいなものを抱いていたものだった。
それを何度も何度も聴き込むうちに、今思えばかなりあぶなかしい発音だったがなんとか歌えるようになっていた。歌詞にあるように10歳の頃の父親との会話に、叶わない想いを馳せていた頃の事だった。

*** 

一昨年の秋だっただろうか、マリー・トラヴァースが72歳で亡くなった事をWebで知った。
  

 Lemon-Tree

When I was just a lad of ten
My father said to me
Come here and take a lesson
From the lovely lemon tree・・・・
   
  
< Lemon-Tree > を聴きながら

   
   

     

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2011年4月 7日 (木)

坂の途中のフラワーショップ と 越した知人のこと

   

"4月"のカレンダーに誘われて、久しぶりに見知らぬ街の路地を歩いてみたくなった。
その日はあまりタイトなスケジュールではなく、夕方早めに"書斎"に戻り軽い疲労感の中、期間限定『春の宵』を楽しみたいという魂胆もあったのだった。

この街はいままで繁華街の国道を何度となく通過するだけだった。
この場所を選んだ理由は特になく、単に車での移動時間が適当だと思ったからだ。
いつもの事だが、知らない街の路地を歩いていて角にくるたび、そこを曲がるかまっすぐ進むか迷う。
角を曲がってみようと決めたときは、もしその先に何もなければまたここへ帰ってくればいいと思って曲がるのだった。そして二度と戻らないこともあったし、またここに帰ってくることもあった。なんとなく人の人生に似ているような気がする。   

***

初めて歩くこの街、それも坂道に惹かれて右に曲がった先の事だ。
緩やかな坂を登り切る少し前に、そのフラワーショップはあった。坂を登りながら見上げたのは窓際に置かれた、色とりどりの薔薇とチューリップだった。
   
  

Flourshop__2

< flower shop Ⅰ >
福島県会津若松市

   
4月に入ったばかりの街はまだ単調な色彩の中だった。
けれどもその店は僕の目に、夕暮れの暗い海に明るく浮かぶモンサンミッシェルの夜景のように映った。
店の中は色とりどりの花たちで随分と混雑していた。それをウィンドー越しに通行人とも、客ともつかない微妙な距離から眺めていた時だった。
  

  Flourshop__3

< flower shop Ⅱ >

   
それまで忙しく手を動かしていた店の人がフト顔をあげ、目があった時に思わず 『えっ ! 』 と心の中で叫んでしまった。
その人は気の毒に花粉症なのだろうか、マスクこそしていたが、少なくとも髪型(いまはもう違うのだろうけれど)、目、背格好が僕の知る人にホントに良く似ていたのだった。どうやらその人にとって僕は招かざる客の類ではなかったらしく、わざわざドアを開けて声をかけてくれたのだが、最初の一歩を踏み出すまでのラグはどうしても隠せなかった。
店に入ると春先の少し冷たい風に曝された体を、暖房のあたたかな空気がもてなしてくれた。それに触れて初めて、ここがアートフラワーの店なのだと気がついたのだった。

地元の人間を装って話をしていたが、やはりバレてしまっていた。
どちらから?  の問いかけに、仕方なくここから北に68㌔離れた所からやって来たと白状したとたんに、気になりだしたのが左側の黄色いバラだった。アートフラワーならば助手席に放り出しておいても、帰りにかかる時間には煩わされないのだ。
   

Flourshop__4

< flower shop Ⅲ >

   
さっそく黄色い薔薇2本と幾本かのかすみ草を手にしたところで、僕の手は完全に止まってしまった。その先の花束を完成させるストーリーが、そこで途切れて浮かばなかった。ここで強引に選んでセンスのなさを曝け出すより、おとなしく白旗を揚げてプロに任せた方が賢明だと思った。
花をめぐる少ない会話の中から、おなじ聡明さも伝わってきたのだった。北からの一見客と知っているのに、帰り際にポイントカードを作ってくれた。名前を答えると即座に漢字で記入してくれたのだが、筆跡は以前領収書で見たものとはちゃんと違っていて、妙にほっとしたのだった。
それと、その日のノート欄にも名前が記入されてしまったのはなぜなのだろう?


花束を持ちながらおひとり様で歩くのは、いくら知らない街とはいえ些か気恥しいものだった。
それに僕はもう一つ急ぎの用事を思い出していた。早くどこかの店に入りたいと思ったがこんな時に限って見当たらないものである。
先程視線だけがスキャンした蕎麦屋の張り紙、(名物ソースかつ丼)が再び浮上したがだいぶ戻らなければならない。ひとつ角を曲がり先程のフラワーショップの通りに出た時に、ようやくCaféの看板が目に入った。

たぶんオーナーの趣味であろうか、昭和のアンティークなものがたくさん詰まったカフェだった。その店のびっくりするぐらい多いハヤシライスの中から、ピリ辛バージョンを選ぶと、中断していた急ぎの用事を再開した。それは先程の人に良く似た、知人の事を思い出す事だった。

Ring_ring_ring

<  ring _ ring _ ring・・・Hello!! >
福島県会津若松市

   

そういえば最近顔を合わせたのがもう16ヵ月も前の事になる。その直後に880㌔も離れた遠い所へ突然越してしまったのだ。
今思えばいろいろともの凄く忙しい時期だったのだろう、ひどく疲れた声を聴いたのはその3ヵ月後の事だった。

過日そのHPを訪ねる初めての機会があった。いや正確には待っていたと言う表現の方が正しいのかも知れない。
そこはセンスの良い調度品や小物の絵たちが散りばめられて素敵なページだった。そしてブログの中には今まで仕事に対して注いできた愛情やその歓び、また新しい出逢いなどの様々なドラマが楽しげに綴られていたのだった。

その中でも特に居心地の良い部屋があった。
それは仕事に対する "creed" が綴られた、美しいショパンのピアノが流れる部屋だった。そこで音楽に身を委ねていると、何かの理由でささくれ立っていた心が、なぜか少しづつ落ち着いてくるのを感じるのだった。週末頃にはそこを訪れて静かに音楽に聞き入るのも、僕にとっては距離をなくする素敵な時間なのだという事を知った。

その人の知人だった名も知れぬ旅人が、たぶん本人も知ることのなく託したふたつの願いの(№1)。 それらをもう手にしている事を願って止まないのだった。
  

***

  
今度いつかあの店を訪れる時は気恥しくないように、うんと大きなマチのある紙袋を持っていこう。
そして昼飯はあの蕎麦屋で、この地方名物のソースかつ丼にしよう。

   
        

これからしばらくは春特有の朧月が美しい季節だ。

きっとこの曲もそんなあたたかな春の月夜に似合うことだろう。




<Puer Moment >を聴きながら
   
  
   
    
    
   
    
    
    

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2011年4月 1日 (金)

春色の会話

   

まちに待った一番好きな月の訪れだ。

今日はエイプリールフールなのだが、ここ久しく(たぶん20年程)この日に罪のない嘘をついた記憶がない。もうそんな齢ではないと言えばそれまでなのだが嘘が下手というか、とかくこの日に普段と違う事を言えば最後まで語ることなく、オチがばれていたものだった。
 

* at April Fool's Day *  

僕の前にある二つのカップは、柔らかな春の光の中で会話に夢中だった。
口元を寄せ合い囁き合うような静かな時間。
時折聞こえる『ウフッ』とか『クスクス』とかのちいさな笑い声から、話の楽しさが居合わせた僕にもよく伝わってきた。そんなふたりの会話に耳を澄ませてみる。

Delightfully_talk

<春色の会話>

  
マスターの洗い方がすこし手荒いとか、春分の日も過ぎだいぶ日が長くなったとか、二人をペアで指名してくれたカップルのお客さんが途中で口喧嘩を始めたとか、桜はいつごろ咲くのかとか、たまには紅茶なんかも注がれてみたいとか・・・
  
ふたりの会話は他愛もない無邪気なもので、それをこっそり盗み聞きしている僕にとっても実に微笑ましいものだった。

会話もだいぶ進んだ頃であろうか、話題は一緒に夜桜を見に行こうという話になっていた。
なんでもお店が閉店した後に、二人でこっそりと出かけるらしい。場所の選定でしばらくもめていたようだが、ようやく決まったようだ。そして日時はと言えば、月の見える7分咲きの日にお出かけのようである。

時々聞こえる笑い声の中、囁くような会話はしばらく楽しげに続いていた。
そこに居合わせて二番目に楽しかったのは、なんといっても僕自身だったのは言うまでもないことだった。


マスターには内緒にしてあげるから、見つからないように行っといで。
それとくれぐれも、ジョークの分からない人間達に見つかったりしないように、気をつけてゆっくりと楽しんでおいで。
それから明るくなる前にはちゃんと戻ってくるんだよ・・・
   

* at April Fool's Day *

    
   
ふたりの会話に聞き入っていた僕は、今日はどの豆を淹れる? というマスターの問いかけにふと我に返った。
    Book_01

< Favolit Cup vol.6>
山形県米沢市

   
このカップ、それもピンクの方に合う豆を・・・
とオーダーすると棚を一通り見て、浅炒りを示すピンクのラベル群で目がとまった。
その中から彼がチョイスしてくれたのは水色と後味がやわらかいドミニカ・アロヨポニートだった。

今回は春らしく淡い桜色、やわらかなモノクロームのなかで。
    Book_02

   
 
春色の会話には、美しいヴァイオリンの音色とこの曲のタイトルが良くマッチする。


< Thinking of You >を聴きながら

    
   

   

   

   

   

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