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2010年12月の記事

2010年12月18日 (土)

X-mas の頃

   

読者の方にとってサンタクロースの存在は、いつ頃まで確信があっただろうか。
育った家庭環境や、おませな子が同級生がいたかなどにも左右されると思うが、僕の場合は、小学校の高学年(たぶん5年生の冬が最後)ような記憶がある。
   Wreath

< クリスマス・リース >
宮城県松島町

   

きょうだいの中で、♂は僕一人だった。
あとは10才程も歳が離れた姉が二人いるだけの3人の構成である。当時クリスマスと言う意味合いすら知らず、楽しい冬休み・お正月へと続く最初のイベントとして、サンタクロース(たぶん姉達)から届くプレゼントを楽しみに過ごす夜。
それは毎年母子家庭と言う環境の中でのささやかな、クリスマスパーティーだった。

一番最後まで取っておいた、固まったようなバタークリームののったケーキをたいらげて、プレゼントを楽しみに幸せな眠りに就く。
『何も知らない』 それは、それは、とても幸せな夜だった。
そんな30年以上も前のクリスマスの記憶が、この時期になるといまでも時折、雪の匂いでパラパラとめくられたりする。

もともとこのChristmasは敬虔なクリスチャンにとって、イエスの降誕を祝うお祭りだったらしいが、いまや日本でも宗派を問わず、まさに年中行事となって定着した感があるように思う。その是非を語る必要もないが、いまやすっかり商業化され飽食かつモノがあふれ、美しいイルミネーションが街を彩る時代になってきたように感じる。
クリスチャンや小さな子供達、若者達でなければ、(いわゆる子供たちが大きくなった中年層にしてみれば)クリスマスはもはや飲食などの大義名分でしかないと言う話をラヂオで聞いた。まぁ、たしかにそう言い切ってしまえばそうなのかも知れない・・・と失笑させる発言だった。


本来24日の日没から25日の午前0時までを教会暦でクリスマス・イヴと呼ぶらしい。
そしてクリスマス自体も25日の日没を以て終わるらしいのだが、いつ頃からだろうか『イヴ・イヴ』と言う造語が出てきたのは。でもそれはそれでいいのだと思う。
一日でも長くこのイベントを楽しみたいカップルにとってはの話だが。

Ayumi

< Futari-no-Ayumi- 灯りの中へ >
宮城県松島町

偶然みかけた二人。
これからどんな物語を紡いでゆくのであろか。

灯りの中へ足を踏み出す彼らにも幸多かれと願いを込めて。

I wish you a merry Christmas!

    

    

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2010年12月14日 (火)

マンデリンのしらべ

   
カウンターに並ぶ多くの瓶の中、その日に限ってなぜか僕にむかってウインクしているヤツがいた。
   
Mandarin_01

< Favolit Cup vol.2 >
山形県米沢市
   

それが、マンデリン・ブルーバタックと共に、このカップとの出会いだった。
ずっと昔、ブルーバタックなどと言うスペシャリティーな産地のものではなく、普通のマンデリンを飲んだ記憶があった。当時流行りのモカとかの酸味が強い種類とは一線を画す苦みと、何とも言えぬコクを残して口の中を通り抜けていった印象をよく覚えている。
それ以後、何度か当時の喫茶店(多分、今では茶店すらも死語)では格好つけて、よく解かりもしないくせに straight coffee をオーダーしていた頃もあった。

そんな記憶の中のマンデリン。そしてブルーバタックヴァージョンはどうであろうか。
やはり、というよりもあの香味の記憶から、未必的に口元が緩んでしまった。実に美味しい。
これが個人的且つ率直な感想である。ほとんど酸味を感じない、そして単なる深炒りの何か焦げ臭いのとは質が違う上品な苦み。深いと言うよりも濃厚と表現した方がふさわしいコクを残していくこの感覚は、マンデリン・ブルーバタック特有もものらしい。たまに体調のせいだろうか、酸味系のものも欲しくなる時があるが、やはり自分の珈琲原点はマンデリン(今はブルーバタック)であった事を確信した。

上の絵はブルーバタックが注がれてきたカップである。
最初はその日の気分や客の風体でマスターがチョイスしたのかなと思いきや、よくよく訊いてみると、(主に)マンデリン専用のカップであった。
ドラゴンと思しき絵からデザインは中国起源のようである。そしてもっと驚いたのはその絵柄がプリントではない事だった。アクアブルーなどの着色部分にタイルいや、七宝焼きのような細工が施されているのである。今回は可能な限りそのディティールを再現しようとしたのだったが。実は今回という事は次回がある訳で、このカップとまったく対照的かつ魅力的な隠し玉を目撃(見せられた)してしまった事実。たぶんその時はそれに合わせてもっと浅炒りタイプの豆になると思うが。

Mandarin_02 それらをカップルで愉しんでみるのも粋ではないだろうか。
男性はこのカップでマンデリン・ブルーバタックを。そして女性はこれから登場するカップで、浅炒りタイプの豆をチョイスするのもいいのだろう。

(続)

   

    

    

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2010年12月 9日 (木)

蒼の回廊

  

もうだいぶ昔(7~8年前)の事になるが、この街で三年ほど暮したことがある。
そこは地下鉄仙台駅から南へ三つ目、『河原町』と言う駅からほど近い閑静な広瀬川沿いの小さなapartmentだった。
それまでも、そして今の環境もそうであるが、昔から川面を見て育ってきた記憶のせいか、川のすぐ傍であるその部屋に何故か妙に魅かれてしまった。


その頃も含めて、何度かここを訪れた事があるが、このアリスの庭園の壁面ガラスに写る Le Grand Bleu は初めて目にする光景だ。それは冬の太平洋側独特の澄んだ美しい青いそらと、ミラーガラスによって青味の成分がブーストされて映しだされた、まさに蒼の回廊だった。Blue_corridor

< アリスの庭 >
< 宮城県仙台市 >

特に意識していたわけではないが、そういえばいつも此処に来るのは定禅寺通りに欅の葉が舞い始める頃の、寒い時期にからに限られていたような気がする。そうもうすぐ光のページェントにあかりが灯り始めるころである。

それは、再び夢の中のでのストーリーだった。
僕はこんど何故かチョッキを着た例の白うさぎになっていた。突然アリスの前に現れ、再び懐中時計で彼女を子供時代に迷い込んだ不思議な世界へと連れ込む役柄である。結局アリスは現れず、しびれを切らしたいかれ帽子屋にチョッキをはぎ取られ、チェシャ猫には懐中時計を取られるはで、冬のこの寒空に散々な目に遭ってしまった。    おしまい・・・

White_rabbit_2

最近、外部のリンクより偶然ここに迷い込まれた方はご存じないと思うが、
夏頃にも夢現で見た懐かしい風景 ( ノスタルジックストーリー ) 2010-08 の記憶が甦る。


そういえば昨年も年末近くに何故か、ブルー ( blue )が気になっていた。冬を迎えて時雨れる事の多いこの場所で生活していると、自分自身が一番、澄んだ蒼いそらに飢えているのかもしれない。 ( blue++ ) 2010-01

    

   

    

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