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2010年9月18日 (土)

愛する道具たち (on Digital )

かれこれ12~3年振り程になろうか・・・ 昨年久々に、ファインダー付きのカメラを手にした。それまではいわゆる、コンパクトデジカメを使っていたが、やはりモノ。形あるものは壊れる宿命を負っているようである。その年月は、記録媒体をリバーサルフィルムから、デジタルデータへと。ファインダーの画角も結構狭くなっており、これも時代の流れのようだ。どうやら四の五の言わず、従って行くしかないようである。

On_digital

先代のコンパクトが没した事で、知った事実がある。それはRAW(ロー)データの存在である。通常はデジカメをPCなりに接続すれば、すぐに絵が見られるし、それがフツーだと思っていた。しかしそれらは、カメラ内部ですでにJPG画像として変換された絵だったのである。その変換される前のRAW(ロー)データには、変換後のJPGの絵とは比較にならない程に懐の深い、(約数十倍の)情報量が記録されていると言う事実だ。

変換される前のRAWデータは、そのままでは映像として見ることが出来ない。そこでネガフィルムになぞらえたらしい、『現像』と言う処理が必要となる。それは別に暗室に入るわけではなく、PCの強力な演算能力を使い、カメラ内部の処理よりもずっと高品位な映像を生成するのである。

膨大な演算を繰り返すこの現像と言う作業は、実はPCのプロセッサにしてみれば通常のネットサーフィンや、文書作成とはまったく比較にならない程の負荷の高い作業であり、まさに体力勝負の力仕事らしい。

デジカメで撮った人のほとんどが体験している、『撮ったんだけど・・・・・・なんか違うなぁ~・・・』 と言う感覚がある。それらはたとえば色(色味)であったり、メリハリ(コントラスト)であったりする。それはカメラが万人向けに決めた色であり、コントラストなのだ。しかしRAWデータの現像処理の場合では色目・コントラストを決めるのはもはやカメラの仕事ではない。
         

         その光景を知っている自身の記憶でしかないのである。

   

   

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