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2009年11月28日 (土)

light&shadow(光と影)

そこは自分の心が放たれる場所の一つである。
今は使われていない線路と隙間のある板塀。そこからのぞく青空や差し込む日差しと吹きわたる涼風が心地良く実にリラックスできる場所である。

Light_shadow01
                            < 廃 線 >
                         山形県米沢市

夏ならばエールビール1カートンと少しの乾き物、それにサマーベットがあれば1日中居られる場所である。フツーは夏しか訪れない場所であるが、シーズンオフである、先の祭日に初めて足が向いた。
初冬の日差しのせいであろうか、いままで見たことのない光の表情を見る事ができた。昼を少し回ったばかりであるが、内部まで深々と差し込んだ光のストライプが実に美しかった。
光と影。
日常的にあまり意識しないで見ているが、最近よくデジカメの写真を見ていて気がついた事がある。人間の目とデジカメの目のダイナミックレンジ(光を感じる事が出来る範囲)である。Light_shadow02_2 
神様の作品だけあって人間の目は実に素晴らしい。
星空と太陽の直射日光の光量の差は実に8桁(1/100000000)で、だいたいこの範囲で人間は物を見る事が出来る訳である。ところがデジカメのダイナミックレンジはと言えばせいぜい3桁(1/1000)から4桁(1/10000)であり人間の目に比べると表現できる範囲が実にタイトである。
言いかえれば映像の中にある(光・中間部・影)のどれか一つしかキチンと表現できない訳でありその風景(又は物)の何を主体とするかは、撮影した人の意図と見る人の意図が合わなければ全く価値のないものとなるのである。
ヒトの心にもある光と影。
明るい部分を見ようとして光量を絞るとすると、影の部分が真っ黒につぶれ、影の部分見ようと光量を上げると今度は明るい部分が真っ白にとんでしまう。こういう大切な事はいつだって、一番あとになって気が付くようである。

それはさておき、今はデジタルの時代。合成なんざぁ、朝飯前さっ!、と上のデジカメ的な3枚の絵を合成すると下の絵のようになる。

Light_shadow03
光と影が人間の目で見たのに近い状態で再現されているのだが。
しかし、これを写真として見た時に少し違和感を覚えるのは自分だけであろうか?まぁ、使うシーンにもよると思うが・・・・・・・・・・

Light_shadow04_3
偶然、板塀のすきまから初冬のそらがのぞいた。                        
光と影の部分のディティールがあるからこそ美しい風景だと思う。

   

   

   

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