2018年12月 1日 (土)

360mile 離れた北の街のこと

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この街に降り立つのは二年ぶり、そしてちょうどひと月前のことだった。
暫く見ることはないだろうと思っていたクルマで移動する者にとっては、実に便利な東西南北+数字の区画。今回はタクシーに
乗る機会が何度あり、この座標とも言える区画割りの原点はどこかにあるのかと訊いてみた。すると大通り公園のさっぽろテレビ塔前の交差点がいわゆる原点であり、付随した区割りに関する幾つかのルールまでも親切に教えてくれた。
  
 
春先に思いつきで大阪へ昼飯を食べに行ってきた事は、このログに目を通してくれたご貴兄ならご存知の事だろう。
その話を夜の会合(宴席)で話したら、昼飯だけでもったいない事をしたとか、どうして泊まってこなかったのかとか、皆に散々揶揄されてしまった。そこで偶然手に入れたセールのチケットの事を説明した。大阪往復の航空券が地元の山形新幹線で東京に行く片道の運賃にも及ばないこと。そして大阪での滞在時間が7時間あった事を話した。事情を納得するといつしかそれは面白い
遊びという位置づけとなり、今度行く時は一緒に連れて行ってくれという話が出来あがっていた。
 
 
その大阪の記事を書いた直後、あり得ない暑さの中で見つけた冬セール。
大阪の前にすすき野はどうだろうと打診すると、三ヶ月先なら予定はどうにでもなると言った具合で、最小催行人数が4人の
『ふた夜・すすき野 呑み倒しツアー』があっという間に成立した。

旅の大きな楽しみの一つは、旅先で美味しいものを食べる事だと言っても、大方の人達に異論はないだろう。ましてや僕の場合その土地に何があるかで、宿泊地を決めてしまう程の大きなファクターを持つ時だってある。二年前は小樽から旭川に向かう道すがら、この街には半日程しか滞在しなかったのは、旭川でエゾ鹿のジンギスカンが待っていたように。
 
当然の事だろうけれど僕がツアーコンダクターというか、添乗員というかそんな位置づけが自然に出来あがっていた。それでツアー客の御所望はと言えば当然、北海の海の幸とジンギスカン。ひと夜目は当然『活』もある店で、ふた夜目は普通の羊ではなく、北海道の固有種であるサフォーク種の店をチョイスしていた。

 

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北海道大学(北大)。
それは全く僕の中で意識になかった場所だった。駅に隣接したJRタワーの展望台から宿はあの辺りだろうかと眺めていると、木々に囲まれた広大な施設があった。方位案内板を見ると北海道大学と書いてある。しかも宿から歩いて5分程のすぐ近く。食堂や売店やカフェも一般の人(観光客)に解放されており、昼の時間だけは学生教職員が優先というルールさえ守れば誰でも出入りが自由だった。
入ってみて驚いたのはその敷地の広大さ。
キャンバス内には広大な農地が二つもあり、さすが裏路地が好きな僕でも限界を感じてしまう。早朝のキャンバスはランニングをする人、散歩をする人、通勤で通りかかる人と結構賑やかなのだけど、一番ビックリしたのはまだ学生が来ていない講堂の前をキツネが歩いていたことだった。

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サッポロビール博物館。
当初、日中は自由行動とし僕は前回駐車場が満車で入れなかった、北海道立近代美術館に行こうと目論んでいた。けれども成り行きで添乗員としてそれは諦めざるおえなかった。そこで全員の意見が一致して向かったのはここだった。最初は復刻札幌製麦酒と現代のビールの飲み比べに魅かれて申し込んだ有料のプレミアムツアー。
それは明治政府の肝いりで始まった、日本で初めてのビール作りの歴史から学ぶアカデミックなものだった。
  
昨夜、すすき野で何気なく見上げた『ビールはサッポロ』という文字だけのとても大きなネオン塔。
北海道の開拓時代と並行してこの地で進められた過酷なビール作りの物語。
それらを知った上で、この日の夜に再び見上げてみる。
すると大きさから鮮やかさまでが違ってみえるから不思議なものだ。
飲食店でサッポロ以外のブランドを見かけなかったのも、この地がサッポロの牙城とかそんな無粋なものではなく、皆一様にこのブランドを愛し、プライドを持っているのだと気付かされた日でもあった。

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そしていよいよ最終日。
空港での早目の昼飯の後、皆と別れ午後の早い便でひとり羽田に向かった。

 

                                            /* -続- */

 

 

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この曲はもともと1930年台のオペラの挿入歌だったもの。
ジャズでも幅広くカヴァーされて、スタンダードな一曲だと言えるだろう。
雪で覆われる前のこの季節には、ヴォーカルのない彼の演奏で聴きたくなる。
ゆったりとしたテンポで始まり、途中から軽快なメロディーに変わり、再びゆったりとしたテンポで終わる。ビルのピアノに寄り添うようにベースとドラムがメロディーを奏でる。
観客の笑い声や拍手も入っていて、さながら1961年のホールに居るような臨場感も持つ。
 
まだ雪明かりのないちょうど今頃の季節。
漆黒の闇の中で浮かんでくる遠い昔の光景があった。
それらはいまとなっては夢か現実かも曖昧もこで、きっと憧憬にも似たようなものだったのだろう。
このメロディーはあのくぐもった声と共に、ゆっくりと心の中に浸潤してくる。
 
 
I Loves You, Porgy         - Bill Evans Trio -

 

 

 

 

 

 

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2018年10月10日 (水)

Wind・・・ココロの中を吹き抜けて行った風のこと

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風には確かに色がある・・・。
これはずいぶん昔のことだけど、偶然耳にしたラヂオで誰かが云っていた話。当時まだ社会に出てさほど時間の経っていなかった僕は、それは歌の文句か何かの話でそんなバカな事はあるものか!と思った事を覚えている。理数系の学校を卒業して、すべて計算上の世界で生きて(仕事)いたからだろうか。風と言われても風車を廻すような物理的な空気の流れである風とか、視覚的な趣を持った草木を揺らす風ぐらいしか思い浮かばなかった。
 
 
ここで映画のような表現をすれば、『それから十年以上の歳月がながれて・・・』とった具合。
 
  
時の流れというのは視野をグッと広げてくれたし、視力すらよくなったのかも知れない。
その頃には”風”というワードに感じるものは、以前の二つだけではなくて様々な意味合いを知っていた。予感や変化、柔軟性とか未来や時の流れ、風習や習わし、そして旅立ちの合図だったりもする。風はいつも新しい季節の訪れを教えてくれるだけではなくて、そっと背中を押してくれたり、何かで行き詰った時にフッと気分を変えてくれることもあるし、気になる人の消息をそっと届けてくれる。

 

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ピーター・ポール&マリー。
彼らの楽曲は小学校の高学年の時、従姉妹の影響で聴き始めた僕にとっては初めての洋楽だった。
中学の時には英語の成績はまるっきりダメだったけど、危なっかしい発音で歌えるようにもなっていた。
  
それからまた長い年月が流れ、家の中にP・P・Mの曲がリコーダーの音色で流れていた。当時中学生だった次男に、お前が何故この曲を知っているのか?と尋ねると、今度の課題曲なのだと音楽の教科書を見せてくれた。あの時の嬉しいような、懐かしいような、随分と齢を重ねてしまったような、妙な気分はいまでも良く覚えている。
ヴォーカルのマリー・トラヴァースが他界したことを知ったのは、それから間もなくの事だった。

 

Blowing in the Wind   (邦題:風に吹かれて)      - Peter Paul & Mary-

 

 

 

 

 

 

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2018年9月21日 (金)

曼珠沙華の咲く候

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今週になって日ざしの角度が随分と緩くなってきた事に気がついた。
それを教えてくれたのは、屋根のトップライトから床へと差し込む光だった。そんな光景は日々視界に入っているはずなのに、ある日突然それに気付くのは、散髪に行かなければと思い立つあのタイミングと良く似ている。
僕だけかも知れないけれど、ちょうど今頃の時期に突然湧きでてくる、あのメランコリックな感情は何なのだろといつも考える。
春と秋は特別な風が吹く季節。夏風とか冬風とはあまり言わないように、それらは季節の『極』と『極』との間を静かに吹く本当の季節風なのかも知れない。冬を通り越して迎える春と、夏を通り越して迎える秋。どちらも気温や湿度などの物理的な空気成分は、あまり大差がないに違いない。そうなってくると思い当たるのは子供の頃の記憶。それは春休みや冬休みよりも夏休みの終わりが一番淋しかった事を思い出す。あの頃の夏の終わりの感覚と言えば、荷物を纏めてサーカスが去っていった後のガランとした広場に佇むようなものだった。
 
そのサーカス小屋の中には何が詰まっていたのだろうか、ひとつ一つ思い返してみる。
入口に掛かる帆布生地のゴワゴワした幕間から覗く、高い三角天井。そこに映し出されているのは、古い映画のように少し色が褪せた夏だった。そこには僕の好きな青空に涌く白い入道雲・早い夜明けと遅い日没・蝉の声・風鈴の音・強い日差しとひまわりに朝顔・カブト虫にクワガタ虫・蚊取り線香とプールの塩素消毒の匂い・打ち上げ花火など。それらは遠い記憶といまだに密接に繋がっていた。それは本能の赴くままに裸で過ごしていた開放的な夏も終わり、涼しくなるにつれてその本能が服と共に主知に包まれていく。きっとそんな感覚だったのかも知れない。

 

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秋分も過ぎればまた昼と夜が少しずつ逆転する。
そして、みじか夜礼賛派の僕はそれと同じぐらいのタイミングで起床時間が遅くなってゆくだろう。
まだまだ陽ざしは強いけれど、時折乾いた風がゆるりと吹きぬけてゆく。
長袖に腕を通す事が多くなっていくこれからは、『赤』(ワイン)の恋しい季節の始まりだ。
そしてあと半月もしないうちに、最低気温がひとケタの朝も訪れる事だろう。

 

九月・・・・
解放的でめくるめく季節は過ぎ去り
これからは澄んだ空気のなかで
人にとっての想う季節の始まりだ

 自由人

 

 

 

 

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September Song は多くの人にカヴァーされている、人の一生を一年(12ヵ月)に例えたラヴソング。
この曲にはちゃんとしたヴァース(導入部分)があるのだけど、ほとんど歌われない事が多い。
CHETのアルバムではヴァースをギターだけが秋虫のように控え目に旋律を辿る。
そしてコーラスに入り、九月の晴れ渡る空のようなトランペットとのセッションが始まる。

September Song     Chet Baker

 

 

 

 

 

 

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