2019年3月28日 (木)

さくらを待つこころ

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春は日本人にとってはやはり特別な季節だろう。
僕のように雪深い地域に住んでいる者にとっては、なおさらの感覚なのだ。木々が燃え立つように染まる時期を過ぎ、見渡す限りモノトーンの季節を迎え、再び色彩を浴びる季節がやってくる。 この地方のさくらの開花はまだ少し先のようだけど、訳もなく何処かに出かけてみたくなったり、何か新しい事を始めたくなるこの時期特有の感覚はもう目覚めているようだ。

 

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ここは”しん”という表現すらそぐわないような場所だった。
耳鳴りしか聞こえないような静寂に包まれた春のスキー場。けして遠い場所ではなく、家からクルマで20分も走れば着いてしまうような距離だった。まだゲレンデに僅かに残る冬の賑わいの痕跡を眺めながら、今シーズンも多忙を理由に、リフトに乗ることはなかった事を思い出していた。
昔から言われている事に、体が覚えている、というのがある。
これはどうやら幼少期から青年期にかけて身に付けた事のようで、自転車・水泳・スキー・竹馬・etcなどが該当するらしい。自転車や水泳では実証済なのだけど、スキーはもう二十年近くのブランクが空いてしまっていた。



よわいを重ねてくると、若い頃のピークの直前やピークよりも、それを少し過ぎた頃に慈しみを覚えるようになってきた。
見る角度が変わって来たと言う方が正確かもしれない。
十四番目の月も次の日から欠ける満月もそれなりに美しいのだけど、嗚呼・・・昨夜は満月だったなぁ、と見上げるいざよいの月。八分咲きや満開のさくらももちろん華やかで美しい。けれど最近はわんわんと花が散った後に残る銀朱色の萼と、花筏のコントラストに日本の色彩を感じてみたりと言った具合なのだ。

 

そういえば、満開のさくらが月光を浴びた時の妖艶な美しさに気付いたのも近年の事だった。

 

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 から第1楽章

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年3月11日 (月)

文章のない記事

 

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You Raise Me Up       Celtic Woman

 

 

 

 

 

 

 

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2019年2月21日 (木)

雨水も過ぎた頃

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穏やかな冬も悪くないものだ。
そんな事を思い始めたのは先々週のこと。例年ならば一番寒さが厳しく、積雪も一番多いこの時期にあり得ない気温の毎日が続いている。雪だってそうだ。市街地でも予報通りに雪はコンスタントに降る事は降っている。けれど積雪量が増えるどころか、どうも日差しと気温の方が優勢のようだ。スキー場のゲレンデ情報を見れば、例年並みの積雪量になってはいるようだけれど、それはあくまでも山間部での話。

 

気候だけは平年並みが良い。
常々そんな事を思っているのだけど、今年の雨水はまさに暦通りの気候になってしまった。季節には敏感でありたいといつも思っていて、歳のせいだろうか花鳥風月も愛でるようになってしまった僕にとっては、近年記憶にない肌触りの空気だった。そんな事を思いながら、休日にふらりと立ち寄ったいつものCafé。年明けあたりからぽつポツ目にする啓翁桜だけど、この陽気で咲き急いでいるようにも見える。どうやらお気に入りの皮コートも来週にはお役御免となりそうだ。

 

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誰しも幾度かは、自分の中で様々な感覚が変わるのを感じとる、節目のような年があることだろう。
まさに雨水の日、2~3年前に見たある番組を思い出していた。それは50年後の日本の気候がどう変わるかというドキュメンタリーだった。北関東以北でなければソメイヨシノが咲かなくなるとか、リンゴの主要産地が北海道になるとか、言っていたけどそれらは気温の上昇が原因らしい。その影響は台風にまで及び、発生個数は減るけれど、その殆どがスーパー台風の規模にまで発達し、上陸地点が現在の通例から6~800㎞程東にズレるという恐ろしい事を言っていた。

 

僕はこの土地に生まれ育ち、もう半世紀以上が過ぎてしまった。
幼少の頃の記憶に鑑みると当時の積雪はおそらく近年の3~4倍はあっただろう。いくら除雪機械が普及していないとは言え、二階の窓から出入りしていたのをはっきりと覚えている。また当時は空調のエアコンなどは存在すらしていなかったに違いない。天気予報の最高気温は夏でも30℃留まりだった。そしてその数字を聞いて、みな辟易とした顔をしていたものだけど、半世紀という時間の流れと気候の変動は恐ろしい。近年は夏に最高気温が30℃前半の予報を耳にすると、”今日は涼しい”という挨拶になってしまったようだ。

 

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初めてこのミュゼットというものを耳にしたのも、ちょうど数年前の今頃の季節だった。
そして、それまであまり気にも留める事のなかった、アコーディオンという楽器のポテンシャルを知ることとなった。
  
寒かったけれど、明るい陽射しのパリのCafé、それに暖かいカプチーノを思い浮かべてしまった。
 

ダニエル・コリン   パリ・ジュテーム  (2006年フランス映画)

 

 

 

 

 

 

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