2012年5月23日 (水)

はしご と言う名の飲み物

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新年度もスタートしてもう少しで2ヵ月が過ぎようとしている。
思い返してみれば、絵のフィルタリングに追いまくられていた年度末。新年度にはいればそれなりで、なんだかんだと諸会合が続いたりしていた。そんなわけでここ(書斎)でゆっくりと音楽と絵とalcに浮かぶ時間はあまりなかったような気がする。新緑も光をさえぎるほど色濃さをまして、ようやく自分のペースを真ん中において過ごせる季節がやってきたようだ。この地方でもようやくこれから梅雨入りまでの、ほんの短い間の風の薫る季節へと、ようやくスイッチしたのかも知れない。

僕を良く知るご諸兄は意外かも知れないけど、実は外に出て知らない人と会うのは自分的にはあまり好き(得意)ではない。
それはきっと人間嫌いというほど極端なものではなく、社交嫌いというあたりのカテゴリに属する人間なのかなぁ、と最近よく思う。とは云ってもどうしても顔を出さないとまずい、大勢があつまる会席などもたまにある。そんな日は朝から、放課後にでも歯医者に連れて行かれる子供のような気分なのだ。いつもそんな時は会場に居ても自分の居場所がないような、居心地の悪さに付きまとわれて落ち着かなく、楽しむなんて事はとてもできない。だからあまり失礼にならない程度で早めに会場を後にし、お気に入りのバーでゆったりと寛ぐ事が多い。
ところが、気心の知れた仲間や知人と会うときは話がまるで違う。アルコールが入ればまるで子供のようにはしゃいで、自分でもびっくりするくらいに良くしゃべるし、時間の経つのも忘れて楽しんでいるようだ。

4月も末にさしかかる頃に、ある会合の知らせが舞い込んだ。
メンバーは5~6人の知っている人たちばかりだし、場所はといえば僕と同い年の知り合いがやっている割烹の名前を告げられた。そしてなによりも年配の人たちばかりなので、やっかいな二次会の心配もいらない。そこである計画が僕の心に浮かんだ。それは店から歩いて2分程にあるバーに、久しぶりに顔を出してみたいということだった。

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僕が特に目的もなく酒席(食席)に、コンデジを持参する事自体実に珍しいと言うか、かなり稀なことだ。  (だから今回の絵があるのだけど)
これから彼の店に行くのだという安堵感もあり、出がけにぱっと目についたので、何気にポケットに入れて連れてきていた。彼は料理人(職人)としては決して妥協は許さない性格で、それは友人などとプライベートにこの店を訪れた時、料理を運んでくれる細君(女将)の言葉の端々からも容易に推測できる。彼の味付けは全体的に極薄めだ。四季折々の素材の味を堪能させてくれる彼の料理は、器との美しさも同時に愉しめるものなのだ。

今回供されたふぐ皮の煮ごり。
2~3年前に食べた記憶があるのだけれど、あまり印象にないところをみると、たぶんその時はビール(これも彼こだわりのものだが)で食べたのかも知れない。その淡白だけれど奥に何か芯のあるダシと歯ごたえが、濃厚な吟醸酒と実に良く合う逸品だと今回初めて気が付いた僕は、残しそうな人と料理の交換トレードで三皿程確保した。知り合いだけの宴席では、好きなものを見つけると僕はこんな大人気ない食べ方をしたりする。

右下のお猪口と徳利は成島焼と呼ばれるこの地方の焼き物で、3年程前に彼がお客用にと窯元にオーダーして作ってもらったものだ。
なんといってもこのお猪口、左利きにとっては堪らない感覚をもっている。小さな窪みが1つあって、それを手前に持てば親指が、向こう側に持てば人差し指の腹がピタリとおさまり、吸いつくような感覚なのだ。これを初めて供された時に嵐山孝三郎ではないけれど、”こりゃぁいい!”と思わず呟いてしまった。後日彼に頼んで1セットを原価で譲ってもらって以来、いまも大切に愛用している。
   

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< セカンド・ステージ >
山形県米沢市・中央1丁目

   
ほどなくお開きとなった会合なのだが、今回のように二次会の追っ手を気にせず、フリーになれる時はなかなかありそうでないものだ。
このバーは人と来た(連れてきた)のはほんの数える程しかない。一般的にカウンターは、わりと真ん中あたりから埋まってゆくのだけれど、僕は奥から4番目のこの場所が好きでよく座る。何故かと言えば、マスターがカクテルを作る作業を目の前で見られるからだ。
オーダーが入ると、アイスピックで氷を割ることから始まる一連の作業は、流れるように美しく見あきることはない。

僕がいつも最初にオーダーするジンライム。
まず氷をいれてグラスを良く冷やすと、メジャーカップでジンを注ぎ、ライムを入れて再び氷をいれる。そしてバースプーンで一度だけかき混ぜたなら、別に用意しておいたライムの皮をグラス上空30㎝で軽く絞る。ミストのように広がる香り成分が落ち切ったところで、カウンターにのせられると、コースターを滑らせてあざやかに目の前にスッと差しだされる。相変わらず見事な手つきだ。
そしていつも定番のジンライムから僕は、はしごの一杯目をスタートさせた。
  

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一番ひだりの山崎は、蒸留所の限定樽出し原酒でアルコール度数が61%。

ラベルには<952/2000>のシリアルが打ってある。

とかく男という生き物は、季節限定とか○○限定とかのフレーズに弱い御婦人同様、○○/○○○というシリアル番号に意外と弱かったりする。やはり彼にはこのすっかり酔った僕では失礼なので、次の機会に最初の一杯目で対面することにしよう。  

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マスターにいろいろとカクテルの話を聞きながら、グラスを重ねていたらだいぶ時間も過ぎている事に気がつく。
誰かがソルティードックのオーダーをいれたので、ついでに僕も同じものをスノースタイルでとオーダーする。それに使う塩は雪のように細かい専用のものだと、いつか彼に聞いたのをボンヤリと想い出していた。
   
  

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< favorites >
山形県米沢市・中央1丁目
  
  
  スノースタイルのソルティドックを飲むと、いつも心の奥底からぽっかりと浮かんでくる、古いふるい物語があった。  
   

ごく限られた地方に降った雪  わたせせいぞう

  
   

 

  

  

  

    

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2012年5月12日 (土)

Sakura の頃 (3/3)

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この記事の(1/3)を記してから日々の所用に追いまくられて、かれこれ2週間以上も経ってしまっていた。
そんな事をしているうちに、ソメイヨシノはもうとっくに散り、吉野桜も散り始め、頼みの八重桜さえ危ない時期に差しかかってきている。言い訳でもないけれど、これから見頃を迎えるSakuraだってある。本格的な山菜のシーズンを迎えて、深山に分け入ると突然満開の山桜に出くわしたりして、平地では見られない濃い真珠色の美しさにはっ!とする時がある。
   
先人いわく、
<よのなかに たえて櫻の なかりせば はるのこころは のどけからまし

これを読んでなるほどと妙に納得したものだ。
もしもこの日本にSakuraが存在しなければ、春の心象はもっと穏やかな(そわそわしない)ものだったのかも知れない。Sakuraがあるせい?で、いつ咲くのだろうと何度も眺めて気をもんだり。咲いたら咲いたでなるべく長く咲いていて欲しいと、こんどは天気を心配してしまう。これはやはり日本人としてのDNA(習慣?)を持っている証拠なのだろうし、これも一種の春の楽しみだなぁ、と僕は思っていたりするのだけれど。

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Sakuraが満開ともなれば、並木のある公園や堤防は、それ自体が膨らんで立体的に見える最高の時期を迎える。
それこそ春という季節の美しさを感じる時だ。木を見て森を見ず VS 森を見て木を見ず・・・・・・一般的には左辺が正解なのだろう。けれども僕は常々 case by case だろう? と思っている方なので、どちらが真理なのかは、その時々で変わることになる。ふだん(日常)はあまり気付く事がないかも知れないけれど、幹にも美しいSakuraが咲くことを知っている。だから満開のSakuraを見ると同時に僕は必ず幹を見つめる。

それはいつも何年か前に聞いた知人の話を思い出すからだった。
Sakuraの木にもちゃんと寿命があるらしく、それは人間と同じくらいだと言っていた。もちろん幾つかの好条件が重なれば、長寿の木(100歳以上)もずいぶんとあるらしいのだけれど。ただ言える事はある樹齢以上にならないと、幹から花が咲く事はないと言う事だった。彼はそれを解かりやすいように女性の美しさに例えて話してくれた。
10代とか20代、の木はいくら満開でも、ただ花を咲かせるだけなのだと。それが30代・40代・50代・60代と深みを増すにつれて、幹からたくさんの花が咲いてくるのだと教えてくれた。

確かに若い樹の満開とは華やかさだけとでも言うのだろうか。目の前に広がるなにか整然とした、且つ幾何学的な美しさだけなのかも知れない。それとは対称的に幹からまるで滲み出すように咲く花やその樹齢の樹には、艶やかさのようなものがあり一瞬のときめきのように咲き誇る。その内々に秘めた妖艶さにもSakuraの美学を感じてしまうのだった。

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花びらの背景が青空でも曇天でもなく、黒っぽい樹皮というのは淡いピンクが一層映えるように感じる。それは樹自身が直接素肌にブローチを身に付けたような美しさを感じるし、今までその樹がいくつもの厳しい季節にも耐えて生きてきた、ひとつの証にも見えるのだった。
つい最近の事だったけれど何年振りかで、とある知人に会う機会に恵まれた。僕はといえばすっかりご無沙汰して、すでに時の流れに呑みこまれた Pervious_friend の一人に過ぎないのだけれど、その人の厚意で僕が今まで一番苦手だった食べ物の真実を知ってしまった。
なんでも素晴らしいモノや食べ物との出会いは、それを育んできた場所や土地柄。それに創(作)った人にも興味が及ぶのは好奇心旺盛な僕だけかも知れないけれど。いつかそれが何であったのかと、どんな場所で育ったのかという記事をこのログのカテゴリに入れてみたいと思った。
僕よりかはずっと若い人なのだけれど僕の思った通り、まさにSakuraのような時間を重ねてきた素晴らしい人だ。これからすこしづつ、美しいブローチを纏ってゆくことだろう。
  
  

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< 花のいのちは短くて >
山形県高畠町

  
さくら吹雪はもちろん素敵なのだけれど風のない時に、はら、ハラ、と左右にふれながら自由落下する花びらもまた、僕のなかでは好きな景色のひとつだ。なぜならばそのタイミングは時節の風に左右される訳でもなく、神のみぞ知る時間なのだからかも知れないけれど。
そして花が散る時にはそこにはすでにちいさな新緑が芽生えていて、これからも続く季節を連想させてくれる・・・
そんな安心感がさらに見る人を酔わせるのではないだろうか。
  

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Greensleeves    (Henry/Anne)

   
傷跡にはそれが体の傷であれ、こころの傷であれ、
何かしらの美しさがある。
傷跡があるということは、
苦痛はすでに去り、傷口はふさがり、治癒したということなのだ。

< ハリー・クルーズ >
彼が今年3月29日に死去したことを
Webで知ったのは

つい先月の事だった・・・  
  
   

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< Crystal 越しの風景 Ⅱ/Ⅱ >
山形県米沢市

    
僕の住む地方は、関東以西では連休の花として知られるハナミズキがようやく開花し、遅い春の終わりを告げていた。
これからは冷たい飲み物が恋しい季節の訪れだ。






  
  
  
  
  
  

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2012年5月 5日 (土)

Sakura の頃 (2/3)

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この場所のSakuraを眺めることが大好きになったのは、もう6年ほど前の事になる。
ちょうど通りとここの間には杉を多量に含んだ雑木林があって、見通しのきく落葉の季節とはいえ、車はこの見事な桜に気付く事なく通り過ぎてゆく。その通りからその雑木林沿いに細いまがりくねった砂利道を100mほど進むと、きっと地元の人くらいしか知らない、この小さな児童公園がある。
ここに通じる道は農道と兼用のようになっていて、通りから入ってすぐの第一コーナーにはちょっとしたウェルカム・アトラクションがあったりするのだ。通り慣れた地元の人や僕は自転車だから気にならないのだけれど、よそ者ドライバーの腕が少しだけ試される、ちょうど自動車教習所のS字コースのようにW=1.7・R=1.9のといったかなりタイトなコースだ。

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今年のSakuraは昨年より遅くにほころび始めて、去年より早くパッと散ってしまった。
気象的な事情がいろいろあったようだけれど、ほんとに見ごろと言えたのはわずか2日程だった。きっと休日がこの時間に合わなかった人は、非常に残念な思いをしたことだろう。けれどもSakuraはこの地方にとんでもない天変地異でも起こらない限り、きっと来年も咲いてくれるので、あとは自分の休日に合うように祈るだけだ。
僕がここに向ったのは、諸々の雑用を済ませた午後3時を回った頃だっただろうか。
お気に入りの5オンスのスキットルにアイラを満たすと、書斎から4㌔程にあるこの場所に自転車で10分程かけてやってきた。
Sakuraの観かたは人それぞれあると思うけれど、出がけに玄関に転がっていた景品かなにかのレジャーシートをポケットにねじ込んできていた僕は、生まれて初めて(たぶん)幹の根元に寝そべって地面からの視線で花を眺めていた。
落陽に向って青い背景の比率が少しづつ増してゆくのを感じながら、昨年のおなじ季節の事を思い出していた。それは花の下で3冊の本を読んだことだった。その中の一冊にJ.TanizakiのInei_raisannという随想があり、それがこのログのタイトルを変えるきっかけになったのだけれど。

そんな事を考えながら少し眠気を感じていた僕は、遠いむかしに経験した授業中の居眠りのように、きっとほんの数分だけれど確かに眠ってしまったのかも知れない。いつの間にか先ほどまでブランコと滑り台で遊んでいた親子の姿もなく、静かになった公園で耳に入る音は鳥の声だけだ。

目の前に広がる花達はほとんど青くなった背景の中で、それは美しいコントラストを奏でていた。視点を定めずにボンヤリ眺めていると、花を見ているのとは少し違った奇妙な感覚になっていた。それは目の前に広がる光景がいったい花なのか、星なのか・・・それはどこまでが夢(妄想)でどこからが現なのかすらの区別もよく判らなくなってしまいそうなものだった。

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そんなウトウトした感覚の中でフト浮かんできた単語が”夢寝見”だった。
これは随分とむかしの陽水の曲で、今では歌詞すら思い出せないけれども、曲のなかで”夢寝見”と彼は何度も囁いていた。この調子だとたぶん来年の今ごろもログの名前が変わるのかも知れない。



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< 光彩 銀河 >
山形県米沢市

  
   
陽もだいぶ傾いてきた頃、背中が冷えてきたので起き上ると、不意にこの光景に出くわしてしまった。それを見たときに何か遠い遠い記憶の底に引っかかるものがあって、その場では想い出すことが出来なかったけれど、この絵をいろいとといじっているうちにようやく繋がった。

あれは小学校低学年の頃だったろうか? いや、それよりも少し後だったかもしれない。それは当時住んでいた家の(今はもうないけれど)二階の西窓の光景だった。その時僕は風邪かなにかで熱を出していた。すごく体が熱くて苦しくて、ウトウトしては目を覚ます事を繰り返していた。夕方近くに部屋の奥の布団にまで届く西日に気が付き体を起して見たのがこれと同じ光景だった。その時は少し風がある日で、花びら越しの日差しがキラキラ揺れていた。それだけをじっと見ていると宇宙に茫漠と広がる銀河を見ているような気になったのを覚えている。そのイメージが長いあいだ僕の意識下に残っていたようだ。
けれどもそれをよび醒ましたのはその時一瞬だけ吹き抜けた、 ’12春風のいたずらだったのかも知れない。

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Desperado < The Eagles >

  
この曲は日本発売仕様でのアルバムタイトルとなった”ならずもの”で、シングルカットされる事はなかった、僕にしてみればまぼろしの曲だ。
以後カーペンターズが”愛は虹の色”という曲名でカヴァーしたりしている。もう30年も前のアルバムだが、今ごろの時期むしょうに聴きたくなる。そう言えばこれがリリースされたのは、薄ピンクの雪がときおり風に舞う今ごろの時期だった。

    

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< Crystal 越しの風景 Ⅰ/Ⅱ >
山形県米沢市

 

   

      

  

   

   

   

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2012年4月27日 (金)

Sakura の頃 (1/3)

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雪国の春は、高い山の夏とよく似ている。
なぜかと言えば、高山植物の花畑によく例えられる”いっせいに・・・”という表現がピッタリする季節は他にないような気がするからだ。標高の高い山は春と夏という季節の区別がなく、いわば二つが同時にやってくる感覚なのだ。遅い雪融けと共にわずか2ヵ月程の短い夏の時間に、芽吹き・開花・それに次世代の為に種子なりを遺さなければならないし、そんな大忙しの季節が過ぎれば8月も半ば。間もなく標高の高い所から再び白いものが混じる季節がやってくる。

僕の住む地方でも一昨日あたりからSakuraのつぼみが、紅くほころびはじめた。今年はここ近年(20年程)記憶にない程開花が遅れた。昨年も大雪だったけれど、全体的に気温はさほど低くなかった。しかし今年は少し事情が違っていたようだ。
  

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雪の降らない地方は実質的な冬が短いというか、比較的春の訪れも穏やかなのだろう。
草木たちはDNAに刻まれた時期(順番)を辿りながら、芽を出したり花を咲かせたりするのだろうけれど、雪という物理的な冬布団がある地方ではそんな悠長な事は言っていられないのかも知れない。冬布団がなくなった時こそ植物にとっては誰が何と言おうと、暦が何と言おうと事実上の"春"なのだから。もちろん地面にはつくしと水仙なども同居したりする。そして北関東以西のご諸兄方は信じられないかも知れないけれど、桜の他にまんさく・こぶし・梅が同時に咲いたりするのがいわゆる雪国の春だ。それに今年は堤防のヤナギやアカシアがSakuraよりも早く芽吹いたりしていて、色彩あざやかな春となった。
  

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< 旧家と生垣 >
山形県米沢市

  
Sakuraと同時に芽吹くこの新芽はこの地方独特の食用と防犯も兼ねた”うこぎ棚”と呼ばれる生垣だ。枝には鋭いトゲが無数にあって、これを分け入ろうとした曲者はひどい後悔をすることになる。なんでもこの歴史をひも解けば、直江兼続あたりからのことらしが僕がこの新芽を大好きになったのはつい最近(4~5年前)の事である。そして煮もの同様にいつもそうなのだけれど、”もっと早く食べてみれば良かった”と後悔したのは忖度された通りである。いつも思うのだがこればかりは齢(よわい)を重ねなければ判らない味覚だってあるのだ。
最近はいろいろとうこぎについての研究されていて、体によい成分(下記考察参照)がたくさん入っているとの理由で食べている人も多いと聞く。

独特の香味をもつこの新芽は色合いも美しく、炊き込みご飯などでも美しい緑色を失うことはない。この白い米と緑の鮮やかなコントラストをほんのりとした塩味と共に味わうも良し。また軽く湯に通してタタキにし、少しの味噌とゴマとかクルミを混ぜ込むと、絶好の季節を愛しむ日本酒の肴となる。そういえば初夏の頃、少し茎を伸ばしての天ぷらも外せない。

  

米沢のうこぎ についての考察

   

  
   

食事とは愉しむもので、クスリではない

どんなにか体に良いものでも、口に入れた時に美味しいという感動を伴わなければ

すでにそれは単なるクスリでしかないのだ



<  詠み人不詳 > 

   

   

  
 


 
 
 
  

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2012年4月18日 (水)

春は じてんしゃ に乗って

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今年は4月には入っての一週目は気温も低く、少しまとまった降雪もあったりして冬の名残りが色濃く残っていた。
けれどもここ一週間程だろうか、どうにか春らしい気温になってきたようだった。それまで雪は日中の暖かい時間帯にしか融ける事はなかったけれど、さすが晩春の陽光ともなると一段と力強さを増したようだ。以来24時間体制に切り替わった雪融けは、誰もが連休頃までは残ると思っていた今年の大雪を、穀雨の前に視界からほとんど消してしまっていた。

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僕の書斎からすぐの橋を渡ると”置賜自転車道”の起点がある。
それは河川の堤防と廃線になった鉄道路線を利用した路で、サイクリングやマラソン、また散策にと自由に利用できる全長約23㎞の自転車と歩行者の専用道だ。これからの天気の良い日にはのんびりとペダルを漕ぐのもいいものだ。車の騒音や排気ガスから完全に隔てられたこの道は、とかく忙殺されそうな日常で忘れかけていた五感の感覚を教えてくれる。
春(土)の匂いやせせらぎの音。遙か上空で点となって囁き合うひばりの声。頬をなぜる柔らかな風のおまけまでついてくる。途中にはワイナリーがあったりして、そこで試飲もやっているのでじてんしゃは実に都合がいい。

そのワイナリーから少し先、山形新幹線の(現)高畠駅あたりから、旧鉄道路線へと風景が変わる。現在は”まほろば緑道”として整備され、桜が植えられたのどかな田園風景の中をしばらく走るとこの旧高畠駅の建物がある。
テラコッタのような独特の柔らかい色彩を持つこの石は、この地方特産の高畠石という石材だ。もう40年近く前に営業を終了したこの鉄道は、以降バスの発着所として営業していたが、それも確か10年後ぐらいに終了してしまった。僕は幼少期に何度かこの高畠線に乗った記憶があったが、鮮明に覚えているのは車内の黒く光る油臭い床だった。どうして僕がこんなにこの駅の歴史に詳しいかと言えば、僕の母親の実家がこの高畠町だった事からだろう。

以前何度かこの事は記したが父親は僕の幼少期に他界した。
その後僕は一番上の姉と3人で、母親の実家のあるこの街で暮らしていたことがあった。当時オトナの世界で何があったのかは知る術もなく、週末の度に二番目の姉と父の母親である祖母の住むこの米沢に帰るという生活と続けていた。その頃はすでに電車は走ってなくて、この建物の右手手前にあるちっちゃな売店でガムを買って、この駅でバスを待っていた。

   

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< 時代のうつろひ  Ⅱ  >
山形県高畠町

  

そんな訳で・・・・・。書斎からじてんしゃで40分程のこの高畠町は、僕の第二に故郷というべき土地柄なのだ。町内の懐かしい散策も小回りが利いて駐車場の心配もいらないし、昼メシの時にはグラスビールなら許してくれる愛すべき ESCAPE R3.1 と一緒だ。真夏は日差しが強くて乗る事はなくなるので初夏が過ぎれば、秋めいてくるまでのあいだ暫しのお別れの季節をむかえる。

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今も残る”山形交通株式会社 高畠営業所”という表札。
営業所の”営”のつかんむりが、旧字体の”火”がふたつだったことに・・・昨年気がついた。









 

   

   

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2012年4月 6日 (金)

南の街にて

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この街に初めて迷い込んだのはちょうど去年の今ごろだった。
4月に入ったばかりのこの路地は昨年となんら変わらない、まだ早春特有の単調な色彩と良い天気。そしてまだ冷たい少し強めの風が吹いていた。あれから僕はこの路地が気に入ってしまい、季節の折々(今回でたぶん4回目)には時期ごとの、着替えのアートフラワーを求めがてらの散歩を楽しんでいた。僕なりにはやはりこの街に来ると、ハヤシライスかソースかつ丼のどちらかは外せない。結局この日、蕎麦屋のソースかつ丼をチョイスした。かつ丼と言えばだしと卵と玉葱でとじてどんぶりにのっているものだ・・・というご諸兄方も機会があればぜひ一度試されてはどうだろうか。
会津のかつ丼(地元の人間は冒頭に”ソース”という文言は普通つけないほどスタンダードらしい)は、ほかほかのごはんの上にたっぷりとキャベツを敷き詰めて、その上にソースをからめたとんかつがどんと乗る。そのどんぶりの中に創られた三層構造の小宇宙をどのように攻略するかは、その時々の楽しみでもあるのだけれど。

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何度かこの路地を通っていて気になっていた建物があった。
それは一軒の喫茶店で、周囲とは明らかに血統が違っている建物だった。ひとことで言えば腰壁は石積みでなのだが、外壁はタイル張りの瀟洒な建物だ。少しのどが渇いていた僕はドアを引いて店に入ってみる。店内は低くクラシックが流れていて、落ち着いた感じの良い店だった。ホールのような高い天井にびっくりしていると、店の主はこの建物は大正時代に建てられた銀行なのだと説明してくれた。店内には5つ程テーブルが置かれた中二階の席があり、訊ねるとそこは喫煙席なのだという。僕はタバコは吸わないのだけれど、北側にあるひとつの窓に惹かれて二階に上がる。
   
視界の中で動くもの(話し相手)はテーブルの上に置かれた、ちいさな砂時計だけだった。
じっと眺めていると砂が落ちる時の音が聞こえるような気になる。そんな中で浮かんできたのはもう随分と遠い昔の話になるのだが、当時僕は男と女の友情などあり得ないと思っていた時期があった事だった。何度か交わしていた会話の中でその友人(女友達)の中に感じていたのは、コスモポリタン的な知性と行動力だった。当時僕と友人とのあいだには確かに友情のようなものが存在していたように思うのだけれど、その時僕はすでに流行病を罹ってしまっていた。いろいろと気遣ってくれたその友人に対して、いま想えばその思いやりの心も考えずに、ただ自分の苦しい心中だけをぶつけていたような気がする。いまでも相変わらずそうなのだけれど、僕は人の心を推し量るのが実に不得手な人間のようだ。

そんな事を考えながら砂をボンヤリと眺めていると、流れが突然途切れてお茶の飲みごろを告げられる。今度は話し相手がカップから立ち昇る湯気へと変わっていた。僕はコートの右ポケットからカメラを取り出し、一枚の写真を撮ってみる。
その時突然に、(自分にとって大切な友人と友情をいちどに失ってしまった、あの季節とはいったい何だったのだろうか)という、どこか悔悟に似た思いが湧いてきたのは、なぜだろうか。
    

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メンデルスゾーンの無言歌集全8巻48曲より  作品62-6 「春の歌」 
この曲は弾き手によってゆったりと春の陽だまりを感じさせる人や、春の嵐の中早く雨宿りの場所をさがすように急いた感じの人もある。技巧的には難しくはないのだろうか、ピアノを習い始めた子供がよく弾いている。その子供の弾くテンポでこそ僕が好きな春の歌だ。

Spring Song (Lieder ohne Worte in A major, op.62, no.6)  < Mendelssohn >

  

  

    
    

   

   

  

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