2017年4月10日 (月)

深山で出会った山吹色と 近頃のハード事情

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「梅は咲いたか 桜はまだかいな・・・」 とこんな冒頭の件で始まる端唄があった。
これは花の事ではなくて、芸妓たちを季節の花々に例えて唄っていたという事を知ったのは、この歳になって恥ずかしながらつい数年前の事だった。僕の地方では降雪量が極端に少なかった昨年に比べても今年はまだ梅すら咲いていない。そんな事を話した知人が教えてくれたのは隣町(とは言っても県境を越えてしまう)でそろそろ見頃を迎えた、福寿草の群生地の事だった。
その場所は市街地から峠を三つも越えて、さらにつづら折りの狭い生活道路の奥にあった。時おり陽が射す広大が群生地を歩き回りながら愛でる春一番の黄金色。ボランティアガイドの人の解説で初めて知った事は、花は陽射しがなけれ開かない事。それから夏になると葉や茎は枯れてしまい、来年の春までじっと地下で過ごすことだ。この花の生態を知っている人には常識なのだろうけれど、初めて知った僕はビックリしてしまった。
 
  
一昨年偶然僕の手許に舞い降りた「日本の伝統色を愉しむ」という色の絵本にも、ちゃんと春の項目に山吹色=大判・小判と解説してあった。この絵本には色の名前が美しい日本語でたくさん紹介されてある。春一番のこの幸福の花を皮切りに、さぁ~て今年はどんな伝統色に出逢えるのだろうか。

 

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近頃といってもここ数年、一眼レフのカメラを持って出かけることはほとんどなくなっていた。
理由は単純にかさばること。それこそレンズなどを含めるとそれだけで一つの荷物になってしまう。そのきっかけはと言えばそれと同じRAWフォーマットで記録できるコンパクトデジカメを手に入れたからだ。小さなショルダーバックやポッケにも入るコンパクトさと、ピンボケ以外はいかようにでも救済できる諧調の深さをもったそのデータ形式は、以来いつでも気軽に持ち歩けるという強みにもなっている。
最近のスマホのカメラは素晴らしく性能が良くて(特にi-phone)びっくりするほどきれいな絵が撮れる。
海外ではi-phoneだけで撮影し写真集を出版しているプロの写真家がいる。
写真集を見た後に彼の話を読んで納得してしまった。人々の表情が実に自然で素晴らしいのだ。彼曰く。人々にゴツイ一眼レフを向けると皆、緊張してこんな表情はしてくれないのだそうだ。やはりスマホならではの気軽さや親しみやすさがこんなステキな人々の表情を捉えるのだろう。昨今の技術の進歩はめざましく、きっと近い将来スマホでRAW形式の絵が撮れる時代が来るに違いない。
僕にとってのスマホデビューはそれからでも決して遅くはないのだろうと、強がりを言って周囲から失笑をかっているのも事実なのだけど。
  
 
 
また話が一眼レフに戻るけれど。
10mmの超広角レンズを手に入れたのはそれよりも2程前の事だったが、たちまち虜になってしまった。超広角を初めて手にする者がそうであるように、遠近を極端に強調したものや、それでなければ撮れないアングルなど、夢中になって撮りながら非日常的な視角をもたらすレンズ光学の魔術に感嘆していた。
そしてしばらくすると飽きてしまった。

それが今回、偶然持ったレンズの収納バックを持った時に感じたあの重さと大きさ。
日常の視点を超えて夢中になったあの頃を思い出してしまって、結局は連れて行ってしまった。
冒頭の縦長の絵なのだけど。
一番手前の花の上空わずか20センチのところにレンズがある。

 

 

 

 

 

 

 

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2017年3月23日 (木)

月・(祝) といふ 春の好日

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ここ数日程、雪深いこの東北の街でも急速に春の兆しがはっきりと感じられるようになってきた。
とは言っても周囲には雪が多く残りまだ桜や梅の芽は小さくて固いまま。そんな中でいちばん顕著に春を感じるのは風の肌触りと、グングン力強さを増してきた陽ざしなのかもしれない。このログをのぞいてくれているほとんどの人が知っているように、休日は仕事の都合で月曜日になっている。そんな理由から美術館という場所はなかなか足を向ける機会がない場所のひとつだった。けれどもhappy-Mondayや振替休日の施行で、今ではさまざまな選択肢があるのは実にありがたいこと。このルノワール展も期間中はこの春分の日が唯一の月曜祝日になっていて、遠くが少し霞む春らしい好天の中をモノクロームの世界からもう一つの色彩の世界に向かった。

 

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ほとんどのご諸兄がルノワールといえば、このバレリーナを思い浮かべる代表作なのだろう。
日本では過去に一度、東京と京都で展示されただけで、もちろん東北では初公開となる作品。それは四章に分かれた全54展の作品の中で後半の2/3程の所に展示されていたのだけど、その素晴らしさが頭から離れずに三度も舞い戻って見入ってしまった。
音声ガイドで何度も言っていた彼の作風全般に言えるキーワードは、『美しい色彩』『輝く光』そして『画面の隅々にまで満ち溢れた幸福感』。
モノクロームの世界からのエトラゼにはまさに春いろ絵画展だったことは言うまでもない。
   
この場所に来て初めて知ったこと。
それは新しい光や空気感を生みだすために屋外で制作されたこと。それにもう数年前になるだろうか、ここで見たモネとは画塾で知り合い生涯の友であったこと。モネとルノワール、描く対象が自然や静物と人物(女性)という違いでお互いに影響を受けたことは間違いないのだろう。
     
彼は少女と女性を最も多く題材として選んだのだと解説にあった。
そう言われれば彼の描いた女性は常に幸福に満ちた姿で表現されていて、悲しんだり絶望したりする女性の姿ではない。そのスタンスは『女性を描くことは内奥の秘密を暴くことではなく、人間が最も美しく見える部分をより美しく描くことである』という彼の姿勢に根差したものだったに違いない。

 

 

”月の光”  ドビュッシー
   
春の宵 朧月を眺めながら

 

 

 

 

 

 

 

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2017年3月 1日 (水)

海風ストレート again!

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幼い頃に初めて訪れた場所の記憶というものは、時としてより深く刻まれるもののようだ。
この海岸は僕にとって何もかも初めての『海体験』というステージだった場所。それらは初めての海水浴であり、寄せては返す波の不思議さに夢中になったり、潮干狩りを満喫した楽しい記憶だった。そして旅館に泊まったということもきっと初めてだったのだろう。なぜなら夕食や朝食の時に銘々にお膳で供される初めてのスタイルに子供心にも感嘆した記憶がある。 この土地にはそんな理由で特別な思入れがあったのだけど、進級するにつれて仲との遊びが楽しくなりついつい足が遠のいていた。
   
成人に近づき運転免許を手に入れると、誰しも行動半径が飛躍的に広くなるもの。
そんな環境の中ではついつい昔の記憶が甦り、年一回程はこの景色に無性に会いたくなりステアリングを向けるようになっていた。中でも砂洲を利用して作られたこの約6kmのストレートは、冬でも天気が良ければ窓を全開にして汐風の中をお気に入りの音楽と共にゆっくりとクルマを転がす、それはそれはお気に入りの場所だった。そんな中で偶然にも、あの津波が襲う13ヶ月前に何気なく切り取ったこの絵が昔の記憶を語るただ一枚のものとなってしまった。
震災の後しばらくして、ネット動画で偶然目にした大好きな松川浦を襲う津波の映像は、言葉にならない程にショッキングなものだった。いつも普通に通っていた漁協の先のクランクを船が流れていったり、沖合いから押し寄せた津波がこの砂洲にもの凄い高さで襲いかかったり。ようやくこの場所を再び訪れる事が出来たのはその一年後の事だった。
想像はしていたけれど、そこの光景はガラッと様変わりしていた。港の建物や砂洲と道路がきれいに無くなっていて、その内側にあった海苔養殖や潮干狩りで賑わった豊かな潟湖などなかったかのように外海と一続きになっている姿だった。

 

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以来、真冬になると再びここに通い始めた。
手前の港などは新しい基準での道路や港湾施設の改修がすすんでいるのだけど、いまや沖となってしまった砂州は工事に入る気配すら見えなかったのは一昨年までのこと。昨年はなぜ来れなかったのか記憶にないのだけど、二年ぶりにこの港にクルマをすべり込ませたのはつい二日程前の事だった。そして沖を見て”あっ!”と思った。あのクレーンの高さから推定すると10m以上はあるだろう防波堤でもう東側外海から遮断されて再び潟湖になっていた。漁船もすこしづつ荷物の積み下ろしをしていてようやく活気が戻りつつあることを感じた。きっとあと2年以内にもあの道路を走る事が出来る予感がして嬉しくなったのは言うまでもない。

 

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天気も良いことだし、ここまで来たのだから外海が見たくなって南に向かった。
南相馬市に入り右田浜海水浴場の手前でクルマを停める。けっこう風が強かったけれど、知人に添えるための風景を探しながら穏やかで明るい海の眺めを楽しんだ。
そしてハッとしたのは昨日の夕方の事。福島・宮城にまたがる震度5弱の揺れの震源は紛れもなく昨日見たあの美しい海の沖合だったから。
今回のは昨年11月以来の余震だったようだけど、これ以上大きな災害に日本が曝されないよう切に願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

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