2017年8月27日 (日)

夏の幻影 - 2017

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連休が明けて暫くする頃にラヂオから流れてきた夏予報は、例年の猛暑という言葉を上回る酷暑というランク付けのものだった。
暑さが苦手な僕はそれを聞いてまるで蜃気楼のような陽炎の中を歩いている、ふた月先の自分を一瞬想像してしまった。ところが天気というのは実に気まぐれなもの。フタを開けてみればいつもの通りに、全く違う夏の感触が待っていた。特に東日本、僕の住む東北地方は梅雨入りの知らせと共に、猛暑日が十日間程あった程度のカラ梅雨だった。早すぎる猛暑日にこの夏は、大変なことになりそうだと嘆いていた御諸兄方も多かった。そして本来の梅雨明けの頃から始まったのが、太平洋側に住む人にとっては実に悩ましい、いわゆる”やませ”という低温の海風の影響だった。その冷たく湿った空気は東北地方を南北に走る、脊梁山脈(奥羽山脈)を越えられず太平洋岸にずっと停滞するから、余計にタチが悪いらしい。そして僕の住んでいる日本海側にも少なからず影響を及ぼす。それは脊梁を超えて来た残党がもたらす涼しい東風で、真夏なのに猛暑日どころか真夏日にさえ届かせない日が続いた。
 
昨日の昼、ニュースで仙台の連続降雨の話をしていた。
未明の大雨で連続36日の降雨記録を更新したこと。これは昭和9年の大冷害の記録を抜き、東北管区気象台の歴代一位となったこと。日照時間が平年の二割弱だということなどを言っていた。それを聞いて今年は青空に白く浮かぶ入道雲も4~5回しか見ていない事を思い出した。涼しい夏と暖かな冬は街で暮らす僕らにとっては実に都合が良いことかもしれない。けれど農家、特にコメ農家にとっては出穂(しゅっすい)に関わる大切な時期を、このような低温と日照不足に曝された訳で、美味しいコメの消費者として今年の作柄が心配なところだ。

 

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そういえば、今年の夏の涼しさは仙台で過ごした”やませの夏”の記憶を再び引き上げて来た。
真夏なのに20℃に届かない日が続き、半袖のワイシャツなぞとても着ていられるものではなかった。忘れもしない7月31の夜の事。帰り道のブンチョウ(国分町)界隈を歩きながら頭に浮かんだのは湯豆腐と熱燗だったから。
   
ずっと昔のことだけど、そう僕が子供のころの梅雨といえば、しとしとと静かな雨降りが何日か続いたものだけど、近年の梅雨は雨の降り方すら変わってしまったようだ。新海監督のアニメを見てその雨の描写に、何かしら懐かしさと美しさを覚えたのはきっと僕だけではないだろう。

 

 

 

 

9月になると必ず聴きたくなるこの一曲、いままでは”優中部”で聴いているだけだった。
収録されている’78発売のアルバム”スターダスト”がソウルの大御所、ブッカー・T・ジョーンズのプロデュースにより、彼が84回目の誕生日を迎える今年世界同時発売された。もちろん、ひと月も前から予約して手に入れたのはいうまでもない。

 

September Song - Willie Nelson

 

この曲は人の一生を12ヵ月に例えたラヴソング。
明るい夏が終わる9月という変わり目に対し、人が無意識に感じる感傷を歌っているようにも思える。人生を80年と仮定すると、9月と言えばちょうど還暦の辺りにとなる。
普段は老いて益々盛んなどと壮語しているのだけど、こんな人生にもちょっぴり憧れるのは、秋というセンチメンタルな季節のせいかも知れない。

 

 

九月・・・・
解放的でめくるめく季節は過ぎ去り
これからは澄んだ空気のなかで
人にとっての想う季節の始まりだ

 自由人

 

 

 

 

 

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2017年8月11日 (金)

スナップ写真とモノクロ -考-

この本との邂逅は市立図書館の休館日ツァーに参加した時から、既に関連づけられていたのかも知れない。
まるで吸い寄せられるように書棚から手に取った一冊。『新スナップ写真の方法』というもので、オマケで'写真教室では教えない'という前ぶれまで付いていた。それを何気にパラパラと開いてあっ!っと思った。なぜならばそこには、僕もその場に居たならば、きっとこんなアングルで切り取るだろうなと思われる作品が、たくさん並んでいたのだから。そして著者がそのタイミングでなぜシャッターを押したのかが、僕には手に取るように伝わってくるものだった。
  
僕の外出バックは大小の二つがあって、中にはコンデジと呼ばれる小さなデジカメがそれぞれ入っている。
出先で何か気になると風景であれ、街並みであれ、Caféのカップであれ、すぐにメモ代わりに切り取ってしまう。それがスマホならば誰もがSNS用か何かだと思い何も言われないのだろう。ところがコンデジで小首を傾げながら、絞りなど調整していると「どんなジャンルの写真を撮られているのですか?」などと声を掛けられる事がある。こんな時いつも僕は答えに困っていた。なにせ本人は風景だけでもないし、静物だけでもなく、何かしらの動植物物もあれば、列車・クルマ もたまには面白いと思うし、船や飛行機などもまたいいものだと思っているのだから。
 
そして今回この本を眺めて思ったのは、僕の画はすべてスナップ写真というカテゴリに分類できるのだという事なのだ。
調べてみるとスナップ・ショットとはもともと狩猟用語での早撃ちを意味するものだったらしい。それが160年程前のイギリスの写真家がスナップショットのように写真を写すと書いた事が起源であると、今度は写真用語に書いてあった。
  
「作画」という言葉がある。
これは’撮影者の表現意図や狙いによって構図を決め、作品にする為の構成をすること’と書いてある。これは僕にとって一番キライな事で、いや、好き嫌いの問題ではなくて出来ない事と言い切れる。だから普通の人が写真を撮影すると言う事を、僕は敢て、
画を切り取ると言っているのかも知れない。
著者はまた、こう記している。
’スナップ写真とは人物の動きや表情をとらえる写真のジャンルだと解釈されているようですが、花や風景を撮るのだってスナップです’と。これは作画が出来ない僕にとっても、まさにうってつけのジャンルだと言えるだろう。

 

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もう十年ほど昔の事になるだろうか、僕は単身赴任で仙台という街で二年半を過ごした事がある。
自宅に戻ってからもクルマで二時間程度のこの街を幾度となく訪れていて、いまや僕にとっては第二の故郷と言えるような場所になってしまった。そこには戦前あたりからの古い横丁が幾つか残っていて、時間があればたいていそこを彷徨っていたものだ。裏路地と言うとなんだかうらぶれたという感じがあったけれど、最近は若い人も立ち飲みでワイワイやっているのを良く見かけるようになってきた。まさにそこには人がいて街があるのだと言えるだろう。僕が裏路地で面白いと感じるようになった事は人の後ろ姿や影を眺める事。
つまり人間の物語を想像できるとかなんだとか、文学的な言葉をくっつけなくてもけっこう魅力的だったりするのだけど。

 

僕の旅先での愉しみは朝うんと早起きをしてその街を歩いてみること。
それも表の大きな通りではなく、裏路地などの生活感のある路の方がずっと愉しめる事を知っている。そしていつもの事だけど知らない路地を歩いていて角にくるたび、そこを曲がるかまっすぐ進むか迷う。十字路だったなら直進のフィーリングは当然そこに至る途中の掴んでいる訳で、後は左右の選択肢を加えるだけなのだけれど。角を曲がってみようと決めたときは、もしその先に何もなければ(興味を惹くものが)またここへ帰ってくればいいと思って曲がる。そして二度と戻らないこともあったし、またそこに戻ってくることもあった。
いつも思うけれどなんとなく人の人生に似ているような気がする。
 
 
 
モノクローム仙台:

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久しぶりにモノクロの画像を扱ってみて以前感じた事を思い出してしまった。
理系の大人は4Kテレビの細緻な美しさに感動するけれど、素直な子供はモノクロ映像を見て、どうすればあんな画像が作れるのか不思議がっていた。最近、カセットテープをこれは何?と孫から質問を受けた事を聞いたけど、かたや若い人達の間ではレコード盤が再び復活してきているというメールニュースを読んだのもこの頃の事。
 
そういえば真っ赤な夕日を背景に紫の制服の金ボタンが、キラりと光るラストシーンがいまでも思い出されるのだと、しんみりと語ってくれた御貴兄がいた。
でもあの映画は確か、モノクロだったような気がするのだけど。
色が無いぶん想像と言うか、イマジネーションが広がるから面白いのかも知れない。なぜならば下の画がもしもカラー画像だったなら、見る者にそれ以上の想像を許さないのだから。
  
それにしても。
この画を見ると時々気になるのは、ご婦人の洋服と靴、それに犬の着ているシャツの色は?なのだ。そして連想するのはその時々で微妙に違う事が多い。

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2017年7月15日 (土)

標高1,800mの避暑

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まだ梅雨真っ最中のはずなのに、今シーズンたぶん4度目の猛暑日の予報。
ラヂオから流れてきたその声は、休日の僕にとって高い山での涼へと誘う、女神の声のようなものだった。蔵王高原にはとてもお気に入りのロッジがある。五月と六月の境目の頃になると秋までのライブスケジュールのハガキがmamaから届く。そこには相変わらず僕が足を運ぶ事が叶わない時間帯がぎっしりと並んでいた。何時だったか、普段はとても行けない時間だからハガキはわざわざいいよと言った事があったけれど、それでも季節なるとポストにちゃんと入っている。いつしかそれが僕にとっての夏の始まりの合図であり、ライブなんていいからお昼たべにおいでよ!というサインになってしまっていた。そんな訳で毎年今頃になると、mamaの大好物である地元の温泉卵を携えたなら、蔵王温泉へのワインディングを一気に駆け上がるのが年に一度の習慣となっていた。
 
 
けれども昨年に続き今年も運に見放されてしまったようだ。
昨年はお昼は食べる事が出来たけれど運悪くmamaは留守だったし、今年はまさかの臨時休業。いつも送ってくれる手のかかった礼状には、相変わらずの元気そうなmamaのイラストが描かれてあって安心したけれど、事前に確かめる事もなく気分で出かけているのは僕の方なのだ。昔人も二度あることは三度あると言っていることだし、今年はスキーシーズンに入って忙しくなる前にもう一度訪ねてみることにしよう。

 

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夏休みにはまだ少し早くて人影もまばらな温泉街。
そこから少し離れたペンションで見つた”ランチ”の文字。ガランとした誰もいない食堂だったけれど、なんとか昼メシにありつくことが出来た。僕には変なジンクスがあって、こんな風にクルマで出かけた時の昼メシは、最初の二軒をつまらない理由でパスしてしまうと、神に見放されてしまったのかと思うほどどんどん運が悪くなっていく。僕はそのスパイラルにハマってゆく自分を、自ら昼メシ難民と呼んでいるくらいだから。
最後の砦である二軒目の見つけたが食べ時、を実感してクルマに戻る時に小洒落たブランコソファーが目に入った。木陰で乾燥した高原の風を感じながら、屋根のフリルが時折ゆれるのを暫く何気なしに眺めていた。
 
記憶というのは実に面白い。
この光景を眺めながら浮かんで来たのは、母親の実家で過ごした小学時代の四年間の記憶だった。ちょうど家の裏には大きな木があって、夏休み限定の大きなブランコベンチでいとこ達と夢中で遊んだこと。永遠に続くように思えた長い夏休み。いまよりも一日がずっとずっと長くて、いろんな遊びをはしごしながら充実した気分で眠りに就いたこと。
それらのタグは記憶の奥底から匂いさえも連れてくるもののようだ。
西日の入る寝室の日向臭さや、眠る前に皆で食べた西瓜と蚊帳の匂い、秘密基地での草いきれの匂いさえもありありと甦えらせるようだ。


高原の爽やかな空気にすっかり馴染んでしまった僕は、35℃超えの下界にはすぐには戻りたくはなくなっていた。
この温泉街の標高は確か800m程で、あと1,000mも駆け上がれば刈田岳の山頂に立てるのだ。平日という道路事情もあってタイトなワインディングロードを軽快に駆け上る。途中チラチラ目をやっていたのが外気温計で、高度が上がるにつれおもしろいように気温が下がってゆくものだ。山頂駐車場で22℃まで下がり、下界で感じたドライヤーの熱風のような風も夢の世界の出来事のような心地良さだった。
 

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帰り際に改装工事中の山頂レストハウスに寄った時、たくさん並んでいる自販機を見てあっと思った。
それはボタンの2/3がまだ赤いHOTままだったから。
ボヤいている人もいたけれど、今日はたまたま高気圧に覆われているからだという事を忘れてはならないのだ。たとえ夏山でもひとたび荒れれば気温は10℃以上も一気に下がってしまう事は珍しい事ではない事を知っている。
 
なぜならばここから西に約50km離れた、標高もほぼ同じ朝日連峰。
梅雨もカラッと明けた七月の末の事、そこを縦走中に凍死しかけたのは何を隠そうこの僕なのだから。
 
 

 

『ワインディングロード = 緩急問わずたくさんのカーブが連続する道のこと』
クルマやバイクで走るには実に楽しい道のりなのだけど、多々として人と人との心の径すじにも例えられる。緩急数多あるカーブを一つひとつこなしていくことは、どことなく人生を歩む事に似ているからなのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

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