2017年7月15日 (土)

標高1,800mの避暑

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まだ梅雨真っ最中のはずなのに、今シーズンたぶん4度目の猛暑日の予報。
ラヂオから流れてきたその声は、休日の僕にとって高い山での涼へと誘う、女神の声のようなものだった。蔵王高原にはとてもお気に入りのロッジがある。五月と六月の境目の頃になると秋までのライブスケジュールのハガキがmamaから届く。そこには相変わらず僕が足を運ぶ事が叶わない時間帯がぎっしりと並んでいた。何時だったか、普段はとても行けない時間だからハガキはわざわざいいよと言った事があったけれど、それでも季節なるとポストにちゃんと入っている。いつしかそれが僕にとっての夏の始まりの合図であり、ライブなんていいからお昼たべにおいでよ!というサインになってしまっていた。そんな訳で毎年今頃になると、mamaの大好物である地元の温泉卵を携えたなら、蔵王温泉へのワインディングを一気に駆け上がるのが年に一度の習慣となっていた。
 
 
けれども昨年に続き今年も運に見放されてしまったようだ。
昨年はお昼は食べる事が出来たけれど運悪くmamaは留守だったし、今年はまさかの臨時休業。いつも送ってくれる手のかかった礼状には、相変わらずの元気そうなmamaのイラストが描かれてあって安心したけれど、事前に確かめる事もなく気分で出かけているのは僕の方なのだ。昔人も二度あることは三度あると言っていることだし、今年はスキーシーズンに入って忙しくなる前にもう一度訪ねてみることにしよう。

 

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夏休みにはまだ少し早くて人影もまばらな温泉街。
そこから少し離れたペンションで見つた”ランチ”の文字。ガランとした誰もいない食堂だったけれど、なんとか昼メシにありつくことが出来た。僕には変なジンクスがあって、こんな風にクルマで出かけた時の昼メシは、最初の二軒をつまらない理由でパスしてしまうと、神に見放されてしまったのかと思うほどどんどん運が悪くなっていく。僕はそのスパイラルにハマってゆく自分を、自ら昼メシ難民と呼んでいるくらいだから。
最後の砦である二軒目の見つけたが食べ時、を実感してクルマに戻る時に小洒落たブランコソファーが目に入った。木陰で乾燥した高原の風を感じながら、屋根のフリルが時折ゆれるのを暫く何気なしに眺めていた。
 
記憶というのは実に面白い。
この光景を眺めながら浮かんで来たのは、母親の実家で過ごした小学時代の四年間の記憶だった。ちょうど家の裏には大きな木があって、夏休み限定の大きなブランコベンチでいとこ達と夢中で遊んだこと。永遠に続くように思えた長い夏休み。いまよりも一日がずっとずっと長くて、いろんな遊びをはしごしながら充実した気分で眠りに就いたこと。
それらのタグは記憶の奥底から匂いさえも連れてくるもののようだ。
西日の入る寝室の日向臭さや、眠る前に皆で食べた西瓜と蚊帳の匂い、秘密基地での草いきれの匂いさえもありありと甦えらせるようだ。


高原の爽やかな空気にすっかり馴染んでしまった僕は、35℃超えの下界にはすぐには戻りたくはなくなっていた。
この温泉街の標高は確か800m程で、あと1,000mも駆け上がれば刈田岳の山頂に立てるのだ。平日という道路事情もあってタイトなワインディングロードを軽快に駆け上る。途中チラチラ目をやっていたのが外気温計で、高度が上がるにつれおもしろいように気温が下がってゆくものだ。山頂駐車場で22℃まで下がり、下界で感じたドライヤーの熱風のような風も夢の世界の出来事のような心地良さだった。
 

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帰り際に改装工事中の山頂レストハウスに寄った時、たくさん並んでいる自販機を見てあっと思った。
それはボタンの2/3がまだ赤いHOTままだったから。
ボヤいている人もいたけれど、今日はたまたま高気圧に覆われているからだという事を忘れてはならないのだ。たとえ夏山でもひとたび荒れれば気温は10℃以上も一気に下がってしまう事は珍しい事ではない事を知っている。
 
なぜならばここから西に約50km離れた、標高もほぼ同じ朝日連峰。
梅雨もカラッと明けた七月の末の事、そこを縦走中に凍死しかけたのは何を隠そうこの僕なのだから。
 
 

 

『ワインディングロード = 緩急問わずたくさんのカーブが連続する道のこと』
クルマやバイクで走るには実に楽しい道のりなのだけど、多々として人と人との心の径すじにも例えられる。緩急数多あるカーブを一つひとつこなしていくことは、どことなく人生を歩む事に似ているからなのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

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2017年6月30日 (金)

フォントと活字と新聞のこと

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先日、知人の誘いで新築移転された市立図書館を、館長の案内付きで見学する機会があった。
自分の街の公共施設が建て替えられるという機会はそうそうある訳ではない。旧図書館に最後に足を運んだのは二年前の事だから、新館はオープンからほぼ一年という時間が経ってしまっていた。これはどうやら図書館よりもついつい巨大書店に足が向いてしまう、僕の性格が起因しているようだ。今回は一般の人が立ち入れない多くのエリアを見学できるとかで、好奇心の塊のような僕にとっても楽しみな企画なのだった。
休館日の図書館と言えば、夜の博物館ツアーの時のように、いかにもしんとしていそうな印象を勝手に作り上げていたようだ。
けれど1Fのロビーやカフェは設備点検の業者の人がたくさんいるし、2F~の図書館も職員の人たちが忙しく働いていた。館長の説明では意外にも図書館の休館日は、展示替やレイアウト変更などで全職員で作業を行う一番忙しい日らしい。また昔からの郷土資料を保管する温度と湿度が管理されたとても大きな倉庫。中に入ると桐箱で大切にアーカイブされた夥しい数の資料があった。係の人の説明ではこれらの古文書も目録からリクエストすれば、専用の閲覧室で見ることが出来るという。桐箱のひとつを開けて見せてくれたけれど、中身は上杉鷹山公の親書だという。フォントと活字の事を言っているような僕には、とても読むことすら不可能な書簡だった。

特別閲覧室の中では、台車に積まれた桐箱の上に古い新聞の綴りがあった。
この新聞は?と尋ねてみると、明日閲覧のリクエストがある昭和の新聞なのだという。詳しく話を聞いてみると明治から大正まではマイクロフィルムで、それ以降は実物の地方紙がアーカイブされているという。前日までリクエストすれば閲覧できるので、自分の誕生日の新聞などどうか?、などと言われるとこっちの方が興味が湧いてしまう。もちろん有料だけどそのコピーも手に入る。これなら誰かの還暦など、記念日の贈りものにも使えそうだ。
旧図書館はお世辞にも広いとは言えなかったから、閲覧できるものは蔵書のほんの一部だったことを知った。
新しい閲覧室は二階なので表通りに面した三面すべての部分が充てられている。
中でもout-side側の窓にそった長いテーブルに陣取れば、時折往来する人やクルマに目を移し、また季節を感じながらゆっくりと本を読む事ができるだろう。あらためて見回してみると蔵書の量も大型書店に引けをとるものではない。新築ついでに中心街に移転したので僕の仕事場からも、歩いて十二~三分という個人的にも好立地なのだった。

 

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話が最初から横道に逸れてしまっていたけれど、いつも本を眺めて思うのは活字の美しさ。
いつも見慣れているPCは点の集まりで描かれているから、ギザギザで読みにくいのは仕方がないとしても、あまり長い横書きの文章を画面で読むのはニガテな方だ。MacとWinを比べてもデフォルトで使っているフォントは、Macの方がずっと読みやすいのもご諸兄方もご存じの通りだろう。しかし僕は有史以来のWin派だから、乗換のコスト(ソフト等)を考えても躊躇せざる負えないのが実情だったりする。
当たり前の事だけど、本にはひらがなの曲線が美しい日本の活字が、モニタというものが普及するずっと以前から並んでいたのだ。それに背表紙だってそうだ。無理やり横書きを縦に配置している長いアルファベットを読もうをすると僕の場合、頭の中で首を右に90°傾けた仮想空間が必要だけど、日本の文字はそれにも柔軟に対応できている。
知人からは意外だと言われるけれど実は新聞も好きなのだ。
理由は一言で言えば新聞の持つ一覧性だと言える。それに本のように縦書きの日本語を読めるという安心感なのかも知れない。メディアで流れるニュースも民放とNHKではまるで切り口が違うように、Webで流れるニュースと新聞記事の違いもおもしろいものだ。そのあとは移民・難民問題に関心を引かれ、介護やがん治療といった記事も目に入ってくるし、そこから下欄の雑誌の広告へと移り、Webで注文したりもする。この新聞ならではの性質でWebだと読むはずのない情報が入ってくるのもありがたい。
新聞を興味の有無にかかわらず隅々まで目を通すというこの習慣。
これを教えてくれたのも、早起きの習慣となったコラムの別記事に書いてあった、無知を知る第一歩が新聞を読む事だという文章だった。

 

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2017年6月14日 (水)

朝を愉しむ時節 (早起きのススメ)

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真北に開いた窓から朝日と夕日が室内に差し込んでくる。
これは夏至の日を挟んだわずかひと月ほどの間にだけのシュールな光景で、一番長くて清々しい朝を愉しめる季節がやってきた事を教えてくれる。僕の住む東(北)日本では晴れてさえいれば午前三時を廻ると空が白み始め、それから一時間もすると新しい太陽が姿を見せる。僕は仕事の都合で七時半頃までに戻ってくれば十分に間に合うので、四時に出掛けたとしてもたっぷりと三時間半、ほぼ半日に匹敵する自由時間が手に入るという具合だ。
この時間は天気が良ければほとんど近郊に出かけている事が多く、単なる朝の散歩と同じで歩くかクルマかの違いでしかない。
理由はいつもの見慣れた風景が時間と光の具合で、ハッとするような表情を一瞬だけ見せてくれる事に気がついていたから。
この光景はあの湿度や気温の気象条件と時間的なタイミングでしか出会えなかったような気がする。小鳥の声しか聞こえない静寂の中で山神の社の隅に腰をおろし、農家を営む人生の大先輩からむかし聴いた話を思い出していた。それは春になると山の神が田んぼに降りてきて田の神となり、稲刈りが終わると山に帰って山の神に戻るのだという、この地方に昔から伝わるなんとも不思議な話の事だった。
先週の金曜日は上半期最後の満月の日。
けれど天気にも予報と同様にイロイロと事情があるらしく見る事は叶わなかった。けれど翌日の土曜日には、昨日よりも一時間ほど遅れて顔を出した十六夜の月が雲間に浮かんでいた。翌朝の日の出前、天気を確かめたくて窓を開けると、明るくなってきた西の空低くで昨夜の月が少し控え目に輝いている。
初めて目の当たりにする天頂を隔てて対峙する月と太陽。
空が明るくなるにつれて本来の色を失いながら、青空の色に溶け込んでゆく十六夜の月。ぐんぐん輝きを増す太陽の光の中で、白緑色の地平線へと沈みながらフェイドアウトしてゆく様は、本当に息を呑むほどに美しく、それはほんの短い時間の出来事だった。

 

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十五年ほど昔の僕はサラリーマンという職業で、朝早くに起きるという事を最も苦手とする完全夜型の人間だった。その頃は一日の疲労感をため込みながらテレビや電話に邪魔されつつ仕事や趣味、また夜遊びにと入れ込んでいた。それがある日を以て自分の行動計画から、出勤~帰宅というルーチンが消えた頃だった。新聞で偶然目にしたなにかのコラム記事。そこには朝の一時間は夜の二時間に匹敵するいうような事が書いてあった。最初はもちろん眠かったけれど、十分に睡眠をとった朝という時間の質の高さに気がついた。更にそれがいつのまにか習慣になってしまうと、今度は夜に何かをしようという気が起きなくなってしまったのも事実なのだ。
もちろん僕の場合は朝に得るこの時間を仕事に充てるほど忙しい人間ではない。もっぱらそれは趣味やWebのメールやニュースのチェックなどの雑用に充てる時間になってしまっているだけなのだけど。

 

 


  
 
六月から七月へと移りゆく陽ざしと風
 
夏至と冬至はこの半年を振り返る光のハーフタイム
 
 
梅雨に似合うバート・バカラックを聴きながら
自由人          .           

 

 

 

 

 

 

 

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